第2話:なにもせずとも進む会議に、向けられる疑惑
魔王城の朝は早い。
固くてパサパサしたパンをワインで流し込むだけの気気まずい朝食を済ませた魔王は、朝の八時を迎えるとともに、玉座の間へと連行されていた。
午前中の魔王の仕事——その日は、魔王軍の最高意思決定機関である『御前会議』であり、同時に配下たちの訴えを聞き届ける『裁判』の場でもあった。
「——では、本日の御前会議を執り行います」
進行を務めるのは、参謀ルキエルである。
彼女は完璧な作法で一礼すると、ずらりと並んだ官僚魔人たちに視線を向けた。
「まずは第一議題。財務管轄官、報告を」
煤けた衣装を纏った小男の官僚魔人が進み出で、慇懃にお辞儀をする。
「はっ。第四魔界領における今期の税収報告、および次期補給物資の割り当て案でございます。予定通りの徴収を完了しております」
「……結構です。魔王様、承認の御印を」
ルキエルが恭しく玉座へ振り返る。
「……あー、ハイ」
魔王は気のない返事で頷いた。
「続きまして第二議題。法務管轄官、報告を」
大柄な甲冑姿の官僚魔人が前へ出る。
「はっ。東方国境沿いの防衛砦における法令の改訂、およびコボルド部隊の再配置計画案にございます」
「……過不足ありませんね。魔王様、こちらのご承認を」
「……うん、ハイ」
「第三議題。司法管轄官」
「はっ。近隣の領主間における領地境界線を巡る訴訟問題、判例に基づきこの裁定にて決着といたします」
「……妥当な裁決です。魔王様」
「……ハイハイ」
魔王は玉座の上で深々と頬杖をつき、淡々と頷くだけの完全な「承認マシーン」と化していた。
(……待って、俺やることなくない? 官僚が報告して、ルキエルが仕切って、俺は『ハイ』って言ってるだけじゃん……)
己の存在意義に対する虚無感を噛み締めながら、魔王は居並ぶ幹部たちに目を向ける。
その最前列、ひときわ異彩を放つ男が、優雅に肩をすくめて鼻で笑った。
12魔人筆頭——冷笑のピピンである。
「……くっくっ、素晴らしい決断の早さだ。さすがは“ご立派”な魔王様でおられる」
銀髪を撫でつけ、豪奢な衣装を纏ったピピンは、劇団員のように大げさな身振りで拍手をしてみせた。
その双眸は一切笑っておらず、氷のように冷ややかだ。
彼がこのような退屈な会議に出席している理由はただ一つ。
魔王のすぐ下という最高位の席に座り、官僚や他の魔人たちへ己の絶対的な威光と権力を見せつけるためである。
「ねえピピン様ぁ、今日の魔王様ってなんだか、ただの置物みたいで可愛く見えちゃいますね?」
ピピンの傍らでクスクスと小悪魔的に笑うのは、彼の忠実な取り巻きである12魔人、ベネデッタだった。
魔王に対する露骨な侮蔑と挑発。
ルキエルの額にピキリと青筋が浮かぶ。
彼女はピピンたちの傲慢さを激しく嫌悪していたが、参謀という公正な立場を崩すわけにはいかず、冷徹な声音で制した。
「……静粛に、ピピン殿。我が君の御前です。不必要な言動は慎みなさい」
「おや、厳しいね参謀殿。私はただ、我が君の迅速なご承認を賛美していただけさ。ねえ、魔王様?」
ピピンは挑発的な視線を魔王へ送る。
だが、その対極——ピピンの向かい側に座る影が、静かに立ち上がった。
12魔人序列2位——ククス=ヴァルヘム。
ピピンとは反対にシンプルな黒いドレスに身にまとっており、たたずまいも静かなものであった。
その静けさとは対照的に、足まで届く長い銀髪は、シルクのようなあでやかな輝きを放っていた。
「……」
彼女は黙ってピピンを見据える。
その視線には威圧も同調もなく、一見では意図を読みかねたが、二人の間には目には見えない緊張感が漂った。
ピピンはフンと鼻を鳴らしてククスの視線を逸らした。
そして同じようにククスはルキエルに視線を送る。
二人の間にもまた、氷のように冷え切った緊張感が漂っていた。
だがルキエルはその視線を無視したまま進行を続けた。
互いに牽制し合い、一触即発の空気が流れる玉座の間。
しかし、その中心にいる当の魔王はといえば——
(……なんかみんなピリついてるけど、わしがいなくっても会議は進むなあ。楽でいいけど、やっぱり俺いらなくない?
どこか呆けたように、ぼんやりと口を半開きにして空間を眺めていた。
「……ん?」
そんな中、魔王は自分に集まる視線に気づいた。
ピピンが、ピクリと眉をひそめていた。
ククスもまた、心なしか不審そうに魔王の顔を覗き込む。
ルキエルまでもが、進行の手を止めて魔王を凝視している。
(……なんだ? 今日の魔王は、妙に……剽軽というか、拍子抜けするほど抜け作に見える……)
(……おかしい。いつもの魔王様のあの魂を掴むような威圧感はどうしたのだ)
魔王城の朝。
それぞれの野心と忠誠、対立が渦巻く御前会議の中で、幹部たちは「今日の魔王の異様な違和感」に、一様に首をかしげるのだった。




