第1話:お目覚めですか、魔王様
「あれ? ここどこだっけ?」
目が覚める。
あたりは伽藍とした大きな広場になっていた。
やけに高そうな赤い絨毯が引いてある。
「……おはようございます、魔王様」 声の主に視線をやると、そこには一人の女が立っていた。 すごいグラマラスだった。
「どうされましたか?」
(おお、いかんいかん。初対面の女性相手にぶしつけなことをしてしまうところだった……。 ていうか初対面だっけ?)
女は魔王軍の参謀、ルキエルである。
漆黒のドレスを身にまとっている。あと角が生えていた。
(ていうか魔王様?)
「……魔王……? 俺って魔王なんだっけ?」
「はい?」
ルキエルは美貌をわずかに歪め、真顔で小首をかしげた。
男は薄い反応のまま、淡々と呟く。
「……あー、いや、なんでもない。俺は魔王だ」
「ええ……あなた様をおいて魔王様はいませんが……」
(そういえば俺は魔王だったような気もする)
頭の片隅に引っかかるぼんやりとした確信らしきものを頼りに、男は静かに玉座へ深く腰掛け直した。
(ほんとうだ、これって魔王の王座なんだ。なんか座り心地いいなぁ)
「うむ、わかっている。なに、ちょっとお前を試したんだ」
「そうですか?」
ルキエルは納得しかねる様子だったが、恭しく胸元へ手を当てた。
「で、何の話だっけ?」
(そういえばなんか話してた気がする……。気のせいかもだけど)
魔王が首をかしげると、ルキエルはハッと思い出したように姿勢を正した。
「失礼いたしました、報告の途中でした。ちょうどたった今、人間どもの『勇者』が覚醒し、生まれ故郷の街を出発したとの報が入りました」
「勇者……?」
(勇者、勇者ね。そういやそんなんいた気がするなあ。 要するにその勇者っていうのをさくっとやっちゃえばいいんだよね)
「あい、わかった」
生まれ故郷を発ったばかりだというなら、話は早いではないか。
「じゃあちょっくら勇者をやってくるよ」
魔王はゆっくりと席を立とうとした。
「は?」
「わしが行ったら早かろうて」
「だめです」
ルキエルは躊躇なく言い切った。
「え?」
魔王は立ち上がりかけた体勢のまま固まった。
「なんで? さっさとやったほうが早くない?」
「それはそうですが、ですがわざわざ魔王様がいかれるなんてありえません」
「……そうなの?」
「どうして魔王様が直接赴かれることなどありましょう」
「わしってもしかして弱い?」
「魔王様はこの世界でもっとも強きおかた」
ルキエルは誇らしげに微笑んだ。
「じゃあなして?」
ルキエルは静かにため息をついた。
まあ確かに魔王っていっても王様だから、やることいっぱいあるんだろうなあ。
「じゃあ分かった。ならだれか強いやつ派遣してよ。それで終わりでしょ」
「は?」
――あ、なんかすっごい馬鹿だって思ってる。。。
「……どうかされたのでしょうか、魔王様。これもテストですか?」
ルキエルは呆れたように小さくため息をつき、怪しむような視線を向けた。
さすがに疑われ始めている?
やばい、ごまかさねばならない。
「おお、あの魔法のせいだな! 実は昨日、非常に大きくて危険な魔法の実験をしたのだよ。記憶が少し混濁するほどのな!」
「おお! あの大魔法にございますか! なれば納得でございます!」 ルキエルは表情を一変させ、感心したように深く頷いた。
よかった。案外ちょろい。
「で、だ。その魔法の反動で詳細を少々失念してしまってな。復習がてら、この世界の理について改めて説明してもらおうか」
「畏まりました、魔王様」
ルキエルは胸元から手帳を取り出し、恭しく語り始めた。
そこから彼女の口から語られる内容を聞き、魔王なりに頭の中で整理してみると、この世界の仕組みとはだいたい次のようなことらしい。
・魔王は勇者の初期エリアや街へ行けない。
・強い魔族の派遣もだめ。
・勇者の故郷周辺には、弱いモンスターだけ。
極めつけに一番やばいのが次の事実だ。
・万が一、勇者を倒したとしても、勇者は何度でも復活する。
「……なにそれ、無理じゃね?」
魔王は淡々と、しかし心底あきれたように呟いた。
しかもこっちは死んだらそれっきりだという。
「何か問題でしたでしょうか?」
「勇者は何度でも復活できるって……?」
「はあ……」
それが何かって顔してる。
(俺がおかしいの???)
「復活すると言っても、所詮は人間でございます故……」
「でも、復活するんだよね?じゃあどうあっても倒せなくない?」
「どうして人間ごときが魔王様を倒せることがありましょうか」
ルキエルは至極当然のことのように言う。
(やっぱり俺がおかしいのかな???)
魔王は混乱している!




