第14話:あったかい奴ら
魔王は疲れ切った勇者レニールを背中に背負い、静かな森の小道を歩いていた。
他の仲間たち――剣士のラディやドワーフのハルヴァルも満身創痍で、とてもレニールを担いで歩ける状態ではないからだ。
背中から伝わるレニールの体温と、かすかな呼吸音。
レニールが申し訳なさそうに呟いた。
「ほんとうに……すまない……」
「気にすんなって。動ける奴がやるのが一番効率いいだろ」
口では素っ気なく返しながらも、魔王の心の中はどこか温かいものに満たされていた。
(それにしても、こいつら……本当にいい奴らだよなぁ。さっきまでレニールは死にかけてたっていうのに、俺が怪我したと思って、なんの疑いもなく貴重な回復薬をくれようとしたんだからさ……)
人間と魔族は相容れない敵同士のはずだった。
だが、目の前の彼らはあまりにも無垢で、まっすぐな善意に溢れている。
隣を歩いていた剣士のラディが、ふと魔王の衣服に視線を向けた。
「それにしても、お前……ずいぶんと変わった服装をしてるな?」
「ぎくっ!?」
魔王は思わず肩を跳ねさせた。
黒を基調とした、あきらかに人間の街では見かけないデザインの衣。
冷や汗が背中を伝う。
(あ、あやしまれてる……! いや、待てよ? もういっそ、自分から打ち明けてしまっちゃった方がいいんじゃないか……?)
魔王の頭の中でグルグルと思考が駆け巡る。
(ていうか、俺のこの見た目だし、もう本当は気づかれてるだろ! それなのにこうして受け入れてくれてるってことは、きっと『話せばわかるいい魔族』なら受け入れてくれるってことなんだよ! そうだ……こんなにもあったかい奴らなんだし……!)
昔、誰かが言っていたような気がする。
キッパリとした態度を示せば、相手にも必ず思いは通じるのだ、と。
(そうだ、正直に言うぞ……! 逃げずに、ちゃんと話すんだ……!)
魔王はゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めて口を開いた。
「そ、そそそそそそそそりゃあ……俺が……マ、マ、マ、マ……」
ドキドキと心臓が破裂しそうなほど打ち鳴らされる。
「……魔族だから、だし……」
語尾に向かうにつれて声はどんどん小さくなり、最後は消え入りそうな蚊の鳴くような声になった。
(ヒョエエエエエエエエ!! 言っちゃったぞおおおおお!! まさか一瞬で斬り殺されたりしないよね!?)
ギュッと強く目を瞑り、訪れるであろう衝撃に身体をこわばらせる魔王。
――1秒。
――2秒。
(……ん?)
待てども待てども、剣が抜かれる音も、怒号はおろか、何の反応も返ってこない。
恐る恐る目を開けると、ラディが呆れたように息を吐いていた。
「はあ、何言ってるんだよ」
背中から、レニールの柔らかく優しい声が降ってくる。
「君が魔族なわけないだろう」
(あれ!? どうして!? あんだけ勇気出していったのに!?)
魔王がパニックで目を白黒させていると、レニールは思慮深げに続けた。
「まあ……何か言えない理由があるのなら、これ以上詮索はしないけれど……」
申し訳なさそうにするレニールに、ハルヴァルが「あ!」と何かを思い出したように声を上げた。
「あ、わかった! もしかして!」
(もしかしてぇぇぇ!? もしかしてついに魔王だってバレたぁぁ!?)
生きた心地のしない魔王に、ハルヴァルは自信満々に指をさした。
「君、もしかして『魔法使い』じゃないの!?」
「……へ? 魔法使い……?」
予想外すぎる単語に、魔王は素で間抜けな声を漏らした。
すると、背中のレニールと横のラディが、信じられないというように言葉を繰り返す。
「ま、魔法使い……?」
「まさか、本当に……!?」
ハルヴァルは腕を組み、深く納得したように頷いている。
「でも確かに! それだったら、さっきオークが噛み付いたのに平気だったのも納得がいくよ。魔法使いなら」
「あ、ああ……なるほど!」
レニールが感心したように声を漏らし、背中越しに改めて尋ねてきた。
「君は……本当に魔法使いなのかい……?」
「あ、うん……そうです……」
(それは、嘘じゃないはず。あんまうまく魔法使えないけど!!)
心の中で絶叫しながらも、引き返せなくなった魔王は勢いで頷いてしまった。
「そうか……なるほどね……」
一同の間に、どこか神妙で、静かな感動を孕んだ空気が流れる。
(ふぅぅ……よかった……! でもこれで、なんとかうまく騙されてくれたなあああ!)
安堵の冷や汗を流す魔王の横で、ラディが神妙な様子で魔王をじっと観察していた。
「すげえな……。俺、本物の魔法使いなんて初めて見たよ……」
「え、そなの?」
「そりゃあそうだろ」
と、当然のことのようにラディが言う。
(もしかして魔法使いって珍しいのかな?)




