第九話 少しだけ背伸びして
11歳になってから、ほんの少しだけ、自分が大人になったような気がしていた。
今までと何かが変わったわけではない。
それでも、もう10歳ではないということが少しだけ嬉しかった。
だからだろうか、今までより少し難しい本を読んでみたいと思うようになった。
誕生日に父が贈ってくれたのは、歴史の本だった。
今日は先日もらったその本を持って、王宮の図書館へ来ていた。
いつもの窓際の席に座り、本を開く。
静かな図書館でページをめくっていると、時間が経つのも忘れてしまう。
「ルーチェ」
聞き慣れた声がして、顔を上げた。
「レオルカさま」
そこにはレオルカが立っていた。
「またここに来ていたんだね」
ルーチェは笑顔で頷いた。
「その本、初めて見るね」
「はい。お誕生日に、父にお願いした本なんです」
「そうなんだ。とても素敵な本だね……えっと、ルーチェのお誕生日っていつだったの?」
「先週の10月12日です」
「そうだったんだ……。遅いけど、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
微笑んだあと、レオルカは再び本へ目を向けた。
「前に読んでいた本より、少し難しそうだね」
「そうなんです。でも11歳になったので、少し難しい本にも挑戦してみようと思って」
レオルカは少し考えるようにルーチェを見つめた。
「なんだか、少しだけ大人になった気がするんです」
「そうなの?」
「はい。ほんの少しですけれど」
レオルカが、ふっと笑った。
「じゃあ、今までより難しい本も読めそうだね」
「頑張ります」
レオルカが、ふとルーチェの髪へ目を向けた。
「その髪飾りも新しいね」
「あ……はい」
ルーチェは髪飾りにそっと触れた。
「これは、母が誕生日にくれたものです」
「そうなんだ。ルーチェによく似合ってるよ」
「ありがとうございます」
母が選んでくれたものを褒めてもらえて、少し嬉しかった。
「それから、その栞も新しい?」
今度は、本の間から見えていた栞を見てレオルカが言った。
「これですか?」
ルーチェは栞を取り出した。
「クラウスからもらいました」
「クラウスから?」
「はい」
レオルカは栞へ一度視線を向けた。
「そうなんだ」
「とても綺麗なデザインで、この本にもぴったりなんです」
「うん」
レオルカは向かいの席に腰を下ろした。
「今日は、ずっとこの本を読んでいるの?」
「はい。もう少しで、ここまで読み終わるんです」
「結構読んだね」
「難しいですけれど、面白いんです」
「ルーチェは本当に本が好きだね」
「ふふっ。ずっと読んでいたいくらい好きです」
「それなら、11歳になっても読む本には困らなさそうだね」
「そうかもしれません」
少しだけ笑ってから、ルーチェは本を閉じた。
そして、ふと思う。
そういえば、レオルカの誕生日をまだ知らない。
「レオルカさまのお誕生日はいつですか?」
「僕? 11月11日だよ」
「11月11日……」
忘れないように、心の中で繰り返した。
「もうすぐ、13歳になるよ」
「では、私より2歳年上ですね。なんだか大人で……少し悔しいです」
レオルカは、ぽかんとしたあと笑い始めた。
「ふっ…………はははっ」
「レオルカさま?」
「ルーチェは本当に面白いね。悔しがるところはそこなんだ?」
「そんなに面白かったですか?」
ルーチェは不思議そうに見つめながらも、こんなふうに笑うレオルカを見るのは初めてで、少し嬉しくなった。
レオルカがひとしきり笑ったあと。
「ごめんね。久しぶりに人前でこんなに笑ってしまった。恥ずかしいから、他の人には内緒だよ?」
「ふふっ。もちろんです」
2人の小さな秘密ができたことに、心が少し温かくなった。
「さて、お互い本を読もうか」
ルーチェは頷きながら先ほどの本を開いた。
向かいでは、レオルカも本を読んでいる。
静かな図書館に、ページをめくる音が重なった。
11歳になって、少しだけ大人になった気がする。
新しい本を読んで、知らなかったことを知る。
そして今日、レオルカの誕生日も知った。
2人の秘密もできた。
そんな小さな出来事が、なんだか嬉しかった。




