第五話 もう一度、君と ―レオルカside―
レオルカは、窓際へ向かって歩いた。
ルーチェはまだこちらに気づいていない。
静かな図書館の中で、ページをめくる音だけが聞こえていた。
少しだけ迷ってから、レオルカは声をかける。
「……ルーチェ」
ルーチェが顔を上げ、一瞬驚いたように目を瞬かせる。
けれど、すぐに笑顔が浮かんだ。
「……レオルカさま、ごきげんよう」
「こんにちは」
久しぶりに顔を合わせた二人。
それだけなのに、どこか嬉しい。
「また、本を読んでるんだね」
「はい」
ルーチェは膝の上の本に視線を落とした。
「前にお話ししたところが気になって、続きを調べていたんです」
「そうなんだ」
レオルカは少し嬉しくなった。
「実は、僕もあれから調べてみたんだ」
「本当ですか?」
ルーチェの目が輝く。
「うん。いくつかの国の記録を比べてみたら、同じ出来事なのに、国によって少しずつ書かれていることが違っていて……」
「そうなんです!」
ルーチェは嬉しそうに頷いた。
「私もそこが気になっていたんです」
「それで、別の資料も読んでみたんだ」
「どうでしたか?」
ルーチェが興味津々に尋ねる。
「まだ全部は分からないけど……それぞれの国の立場によって、記録のされ方が違うのかもしれない」
「なるほど……」
ルーチェは本を覗き込みながら考える。
「では、どちらかが間違っているとは限らないんですね」
「うん。だから、いろいろな記録を見たほうがいいと思う」
「……面白いですね」
ルーチェが嬉しそうに笑う。
「うん」
レオルカも笑った。
やっぱり、こうして話していると楽しい。
ルーチェは、知らないことを楽しそうに尋ねる。
レオルカも、自分が調べたことを話したくなる。
二人はそのまま、本の話を続けた。
歴史のこと。
国によって違う記録のこと。
まだ読んだことのない本のこと。
話せば話すほど、もっと聞いてみたくなる。
「……そういえば」
ルーチェがふと思い出したように言った。
「レオルカさま、あれからあの本を読まれたんですか?」
「うん。ルーチェが読んでいたから、少し気になって」
「難しくなかったですか?」
「……少しね。でも、読んでみたら思っていたより面白かったよ」
「そうだったんですね」
ルーチェは少し嬉しそうに笑った。
「……私もレオルカさまとお話しして、もっと調べてみたくなりました」
「そう?」
「はい!」
また、本の話が始まる。
今度は二人とも、少しだけ前より自然に言葉を交わしていた。
気づけば、時間が経っていた。
「……あ」
ルーチェが窓の外を見る。
「もうこんな時間ですね」
「本当だね」
レオルカも窓の外を見る。
いつの間にか、差し込む光が少し傾いていた。
そこで、レオルカはふと思った。
「そういえば、ルーチェはいつもここに来るわけじゃないの?」
「いいえ。そんなに頻繁には来ないんです」
「そうなんだ」
「お父さまのお仕事について行くこともありますし、家で過ごすことも多いので」
「なるほど」
レオルカは、そこでようやく納得した。
だから、何度図書館へ来ても会えなかったのか。
「お父さまのお仕事について行って、いろいろな国へ行くこともあります」
「そうなんだ」
「知らない街や文化を見るのも好きですけど……やっぱり一番楽しみなのは、本です」
「やっぱり本なんだね」
レオルカが笑う。
「はい」
ルーチェもくすりと笑った。
「だって、まだ知らないことがたくさんありますから」
その言葉を聞いて、レオルカは思った。
やっぱり、この子は面白い。
「じゃあ、次にここへ来るのは?」
何気なく尋ねる。
けれど、ルーチェは少し困ったように首を傾げた。
「分からないんです。お父さまのお仕事次第なので」
「そっか」
「でも、また来ると思います」
「……そうなんだ」
それだけの言葉なのに、なぜか少し嬉しかった。
次に会える日が決まっているわけではない。
連絡を取り合うわけでもない。
それでも……また来る可能性がある。
それだけで十分だった。
「じゃあ、また会えるかもしれないね」
レオルカが笑う。
「はい。そうですね」
ルーチェも笑った。
「また話そう」
「はい。私も、またお話ししたいです」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がまた少しだけ温かくなった。
次にいつ会えるのかは、まだ分からない。
それでも――
また会えたらいい。
そして、またこの子と話したい。
そう思いながら、レオルカは静かな図書館を後にした。




