第十二話 心に残る一文字 ―レオルカside―
朝、目を覚ましたレオルカは、しばらく天井を見つめていた。
今日は11月11日。
自分の誕生日だ。
「……今日も忙しくなりそうだな」
誕生日だからといって、1日中好きなことをして過ごせるわけではない。
むしろ王太子であるレオルカにとっては、普段よりも予定の多い1日だった。
身支度を整えたあと、まずは父と母のもとへ向かう。
「誕生日おめでとう、レオルカ」
「もう13歳なのね。おめでとう」
「ありがとうございます」
両親から祝われるのは、素直に嬉しかった。
母から贈り物を受け取り、父からも言葉をかけられる、穏やかな時間だった。
けれどそれが終われば、すぐに次の予定が待っていた。
来客。
祝いの言葉。
贈り物。
礼を伝え、少し話をして、見送る。
そして、また次の来客……。
「レオルカ殿下、この度はお誕生日誠におめでとうございます」
「ありがとう」
差し出された贈り物を受け取り、笑顔で礼を言う。
それを何度繰り返しただろう。
午前の予定が半分ほど過ぎた頃には、レオルカはすでに少し疲れ始めていた。
「殿下も13歳になられましたか」
向かいに座っていた貴族の男性が、にこやかに笑う。
「そろそろ婚約者について、お考えになってもよい頃かもしれませんな」
「……そうだね」
「実は、私の娘も殿下と年が近く――」
そこまで聞いて、レオルカは心の中で小さく息を吐いた。
やっぱり、そういう話だったらしい。
もちろん顔には出さない。
笑顔のまま話を聞き、当たり障りのない返事をする。
ようやくその来客を見送ったところで、レオルカは近くにいたアレンを見た。
「……アレン」
「なんだ?」
「疲れた」
「まだ午前中だぞ」
「分かってるよ」
それが余計に疲れる。
「誕生日って、もう少し楽しいものじゃなかった?」
「まあ、がんばれ」
「……それだけ?」
「ああ。がんばれ」
なぜか今日のアレンは、そればかり言う。
「他に何かないの?」
「ないな」
「……アレンって、意外と冷たいよね」
「八つ当たりするなって」
笑いながらそう言われて、レオルカは小さく息を吐いた。
そのあともいくつかの予定を終え、ようやく昼食の時間になった。
夜には誕生日を祝うパーティーが予定されている。
そのため、昼食に使える時間もそれほど長くはない。
それでも、食卓に並んだ料理を見て、レオルカは少しだけ表情を緩めた。
今日は自分の好きなものが用意されている。
「……嬉しいな」
ちょっとした幸せを噛み締めながら、少し肩の力を抜いて食事をする。
けれど、休める時間はあっという間だった。
午後になれば、また来客が続く。
祝いの言葉を受け、贈り物を受け取る。
礼を言って、話をして、見送る。
そして、また次の人。
そんなことを繰り返しているうちに、時刻は午後3時に近づいていた。
次の予定も、来客。
「……また来客か」
思わず呟きながら、案内された場所へ向かう。
けれど、部屋の前まで来たところでレオルカは少しだけ首を傾げた。
いつも来客を迎えるときに使う部屋ではない。
少人数で話をするときに使われる、小さな部屋だった。
「……どうしてここなんだろう」
午前中の会話が頭をよぎる。
まさか、また誰かを紹介されるわけではないだろうか。
そんなことを考えながら、レオルカは扉を開けた。
「失礼します」
そして、部屋の中にいる人物を見て足を止める。
「……ルーチェ?」
「レオルカさま」
一瞬、何をしに来たのか分からなかった。
今日ここで会えるとは思っていなかったからだ。
「どうしてここに?」
「今日は、レオルカさまにお渡ししたいものがあって来たんです」
「僕に?」
「はい」
ルーチェが両手で包みを差し出す。
「レオルカさま、お誕生日おめでとうございます」
予想していなかった。
今日が自分の誕生日だと覚えていてくれたことも。
わざわざ王宮まで来てくれたことも。
その手に、自分への贈り物があることも。
自然と笑みがこぼれた。
「……ありがとう、ルーチェ。開けてもいい?」
「もちろんです」
包みの中から出てきたのは、白いハンカチだった。
手に取ったとき、その隅にあるものに気づく。
「……L?」
「あの……そこだけ、自分で刺したんです」
ルーチェが少し恥ずかしそうに視線を落とした。
「あまり上手にはできなかったんですけど……レオルカさまのお名前の、最初の文字を」
「これ、ルーチェが?」
「はい」
レオルカはしばらく、小さな『L』を見つめた。
少し不揃いなところがある。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
ルーチェが、自分のために刺してくれた。
それが、なんだかとても嬉しかった。
「……やっぱり、少し曲がっていますよね?」
「え?」
「もっと上手にできたらよかったんですけど……」
「違うよ」
レオルカは顔を上げた。
「すごく嬉しい」
「本当ですか?」
「うん。ありがとう。大切にするね」
そう言うと、ルーチェも嬉しそうに笑った。
「よかったです」
その笑顔を見ていると、朝から感じていた疲れが、少しだけ軽くなった気がした。
「今日は、ずっとお忙しかったんですか?」
「うん。朝からいろいろ予定があったから、少しだけ疲れたかな」
心配そうにこちらを見るルーチェに、レオルカは笑った。
「でも大丈夫。ルーチェに会ったら、元気が出た」
「本当ですか?」
「うん」
「それなら、来てよかったです」
嬉しそうにそう答えるルーチェを見て、レオルカは少しだけ黙った。
「……うん。僕も、会えてよかった」
もう少し話していたい。
そう思っていたのに、ルーチェが立ち上がった。
「それでは、私はそろそろ失礼します」
「もう帰るの?」
思っていたより先に言葉が出た。
「はい。今日はまだお忙しそうですし、ゆっくり休んでください」
「……そうだね。ありがとう」
まだ少し話したかったけれど、このあとにも予定は残っている。
「お誕生日、おめでとうございます。レオルカさま」
「ありがとう、ルーチェ」
「また図書館でお話しましょうね」
「うん。またね」
ルーチェが部屋を出ていく。
扉が閉じてから、レオルカは手元のハンカチへ視線を落とした。
小さな『L』を見ていると、また少し嬉しくなる。
けれど、余韻に浸っている時間はなかった。
次の予定が待っている。
レオルカはハンカチを大切にしまうと、再び王太子としての1日に戻っていった。
◇
夜。
王宮では、レオルカの誕生日を祝うパーティーが開かれていた。
父と母も出席し、大勢の招待客がレオルカの13歳の誕生日を祝っている。
昼間と同じように、祝いの言葉を受ける。
ここでもまた、贈り物を受け取る。
そして――。
「レオルカ殿下、よろしければ次の曲を一緒に……」
「ごめんね。遠慮しておくよ」
何度目か分からない誘いを、笑顔で断る。
相手が去ったあと、レオルカは小さく息を吐いた。
「……あと何回、断ればいいんだろう」
先ほどから、何度も同じようにダンスへ誘われている。
そのたびに笑顔で断ることにも、そろそろ疲れてきた。
それでもパーティーは続く。
祝いの言葉に笑顔で応え、招待客と言葉を交わす。
長かったパーティーが、ようやく終わった。
◇
「……疲れた」
自室へ戻ったレオルカは、ようやく誰にも聞かれずにそう呟いた。
朝からずっと、人と話し続けていた気がする。
ふと、昼間にもらった白いハンカチが目に入った。
手に取る。
隅には、少し不揃いな『L』。
『あの……そこだけ、自分で刺したんです』
昼間のルーチェの声を思い出す。
レオルカは小さく笑った。
「……嬉しいな」
不思議と、ほんの少しだけ疲れが軽くなったような気がした。
どうしてだろう。
そう思ったけれど――。
「……まあ、いいか」
今日はもう、考えるのも疲れた。
レオルカはハンカチを大切にしまうと、ベッドへ向かった。
今は、それよりも眠りたかった。




