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第十一話 贈り物

 レオルカの誕生日が11月11日だと知ってから、ルーチェはずっと考えていた。


 何を贈れば、喜んでもらえるだろう。


 本が好きなのは知っている。音楽が好きなことも。


 けれど、レオルカは王子だ。


 きっと誕生日には、たくさんの人から贈り物が届くのだろう。


 珍しい本も、立派な品物も、きっと自分が思いつくようなものはすでに持っている。


「……難しいな」


 机に頬杖をつきながら、ルーチェは小さく呟いた。


 せっかく贈るのなら、喜んでもらいたい。


 高価なものではなくてもいい。


 何か、自分だから贈れるものはないだろうか。


 そう考えていたとき、ふと、先日の家庭教師との授業を思い出した。


『それから、お裁縫は……』


「…………」


 思い出しただけで、少しだけ気まずい。


 裁縫は、今もあまり得意ではない。


 けれど――。


「少しくらいなら……できるかしら」


 自分で何かを作ることは難しくても、ほんの少し手を加えるくらいならできるかもしれない。


 ルーチェは侍女のエマに相談し、贈り物にするためのハンカチを用意してもらうことにした。


 派手な装飾のない、上質な白いハンカチ。


 その隅に、自分で小さな刺繍を入れる。


 レオルカの名前の最初の文字、小さな『L』を1つだけ。


 それなら、自分にもできると思った。


 ――けれど。


「……また曲がった」


 思っていたよりも、ずっと難しい。


 刺した糸を見つめて、ルーチェは小さく息を吐いた。


 これでは渡せない。


 もう一度やり直す。


 けれど、今度は少し形が崩れてしまった。


「どうしてこんなに難しいの……」


 それでも、諦める気にはならなかった。


 少しずつ、何度も確かめながら丁寧に針を進めていく。


 時間はかかったけれど、ようやく小さな『L』が形になった。


 決して上手とは言えない。


 よく見れば、少し不揃いなところもある。


 けれど――。


「……これなら、大丈夫かな」


 ルーチェは出来上がった刺繍を見つめて、ほっと息をついた。


 あとは、これをレオルカに渡すだけ。


 けれど、もう1つ問題があった。


 王子である彼は、誕生日当日はさらに忙しいはず。


 お祝いを伝えたい人も、贈り物を渡したい人も、自分だけではないはずだ。


 夜には王宮で祝いのパーティーも開かれるらしいが、まだ社交界へ出ていないルーチェは参加できない。


 それでも、できることなら――。


「……直接、渡したいな」


 ルーチェは父に相談してみることにした。


 すると、誕生日当日の午後なら、レオルカの予定の合間に少しだけ時間を取ってもらえることになった。



◇



 そして、11月11日、午後3時前。


 ルーチェはエマと護衛を伴い、王宮を訪れた。


 案内された部屋で待っていると、しばらくして扉が開いた。


「失礼します」


 入ってきたレオルカは、部屋の中にいるルーチェを見て足を止めた。


「……ルーチェ?」


「レオルカさま」


 いつも落ち着いているレオルカが、珍しく驚いた顔をしている。


「どうしてここに?」


 どうやら、自分が来ることは知らされていなかったらしい。


「今日は、レオルカさまにお渡ししたいものがあって来たんです」


「僕に?」


「はい」


 ルーチェは持っていた包みを両手で差し出した。


「レオルカさま、お誕生日おめでとうございます」


 レオルカがもう一度目を瞬いたあと、ゆっくりと笑った。


「……ありがとう、ルーチェ。開けてもいい?」


「もちろんです」


 レオルカは包みを受け取り、中からハンカチを取り出した。


 そしてすぐに、その隅にある小さな刺繍に気がついた。


「……L?」


「あの……そこだけ、自分で刺したんです」


 ルーチェは少し恥ずかしくなって、視線を落とした。


「あまり上手にはできなかったんですけど……レオルカさまのお名前の、最初の文字を」


「これ、ルーチェが?」


「はい」


 レオルカはしばらく、小さな『L』を見つめていた。


 何も言わないので、ルーチェは少し不安になる。


「……やっぱり、少し曲がっていますよね?」


「え?」


「もっと上手にできたらよかったんですけど……」


「違うよ」


 レオルカは顔を上げた。


 その表情は、部屋へ入ってきたときよりもずっと明るく見えた。


「すごく嬉しい」


「本当ですか?」


「うん。ありがとう。大切にするね」


 その言葉に、ルーチェも嬉しくなって笑った。


「よかったです」


 少し話をしているうちに、ルーチェはレオルカがいつもより少し疲れていることに気づいた。


「今日は、ずっとお忙しかったんですか?」


「うん。朝からいろいろ予定があったから、少しだけ疲れたかな」


「……」


「でも、大丈夫」


 レオルカは笑った。


「ルーチェに会ったら、元気が出た」


「本当ですか?」


「うん」


「それなら、来てよかったです」


 嬉しくなってそう答えると、レオルカは少しだけ黙った。


「……うん。僕も、会えてよかった」


 まだこのあとにも予定があるのだろう。


 これ以上長居をしてはいけない。


「それでは、私はそろそろ失礼します」


「もう帰るの?」


「はい。今日はまだお忙しそうですし、ゆっくり休んでください」


「……そうだね。ありがとう」


 ほんの少しだけ残念そうに見えたのは、気のせいだろうか。


「お誕生日、おめでとうございます。レオルカさま」


「ありがとう、ルーチェ」


「また図書館でお話しましょうね」


「うん。またね」


 ルーチェはレオルカに挨拶をして、部屋を出た。


 ちゃんと喜んでもらえた。


 それだけで、何度も刺繍をやり直したことも、難しいと悩んだ時間も、全部よかったと思えた。


 少し不格好な『L』だったけれど、レオルカが嬉しそうに笑ってくれたから。

 ルーチェにとっては、それで十分だった。

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