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冷徹侯爵様、お気の毒なので『円満な婚約解消』して差し上げます  作者: ヴァンドール


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5話(円満婚約解消)

「隣国へ行くだと?」


 夕食後の家族団らんの最中(さなか)

 ワインを飲んでいたお父様が、驚いて、グラスをテーブルに置き、お母様も、召し上がろうとしたフルーツをお皿に戻しました。


「ええ、お父様。リチャード様が、侯爵家を根本的に立て直すため、近々隣国へ視察に行かれることになりましたの。ですからわたくしも、同行することにいたしましたわ」


「リチャード殿が……。なるほど、あちらの公爵家のアルベール殿を頼るつもりか」 


「さすがはお父様、商売の勘が鋭いだけではなく、他国の有力者の繋がりにもお詳しいですわね」


(それはそうと……アルベール様とリチャード様はお知り合いだったのですね)



「当然だ。今回の融資、それなりの額だったからな。回収の見込めん取引はせんよ。事前にしっかり調べさせてある。ましてやお前を嫁がせる家だ」


(お父様はわたくしの『円満な婚約解消』の野望にはまだ気づいてはいませんのね。だけどお母様は……)


 我が家からの融資で、侯爵家はひとまず商船沈没による直近の危機は回避しました。それでも、それはあくまで一時しのぎ。失われた信用や赤字続きの財政を根本から立て直さなければ、いずれまた行き詰まってしまいます。だからこそリチャード様は、貴族の商売や投資が盛んな隣国へ目を向けたのでしょう。


(こちらの国の貴族たちは皆、閉鎖的なのに流石だわ)


「しかしルシアン、遊びに行くわけではないのだろう? 向こうでお前は何をするつもりだね」


 お父様の言葉に、待ってましたとばかりに胸を張りました。

 そう、これこそがわたくしの完璧な『円満な婚約解消』計画。そのための大きな一歩なのですから!


「リチャード様のお手伝いをするのですわ、お父様。わたくしは長く隣国へ留学しておりましたから、あちらの言葉はもちろん、そのまた隣国の言葉も通訳なしで完璧に操れます。それに……何より大きいのは、お父様が築いてくださった人脈ですわ」


「私の人脈?」


「いくら公爵家のご友人でも、現場における商売の裏側まではご存知ないはずです。お父様の商人仲間や、わたくしの留学時代の人脈があれば、リチャード様に『本当に儲かる投資』を提案することができますわ」


 一気にまくしたてるわたくしを見て、お父様は呆気にとられたように目を丸くし、それからすぐに、ふっと口元を緩めました。 


「なるほど。私の名前と、お前の語学力、そして留学で得た経験をフルに活用して、リチャード殿の手助けをしようというわけか」 


「その通りです! リチャード様は優秀ですが、少しプライドが高くて真面目すぎます。あちらのずる賢い商人たちに騙されては大変ですもの。わたくしのような、慣れたお目付け役がいた方が絶対に上手くいきますわ!」


 我が家に救われたものの、望まぬ婚約を強いられてお気の毒なリチャード様。

 彼が家を完璧に立て直し、この婚約をいつでも白紙に戻せるような財力と人脈を得るために、わたくしが隣国で全力を出し、手助けして差し上げるのです。

 そんな野望(?)を察してか、お母様が楽しそうにクスクスと笑い声を漏らしました。


「まあまあ、あなた。ルシアンはもうすっかり、リチャード様の力になって、互いが対等なビジネスパートナーになるつもりですわよ。ねえ、ルシアン?」


「ええ、お母様! わたくし、絶対にリチャード様を大成功させてみせますわ!」


「まったく、お前というやつは……」


 お父様はわざとらしくため息をついて見せます。


「もしやこれは、お前を商品のように扱った私への、当て付けかい?」


 そう言いながらもその目はとても優しく、わたくしへの信頼に満ちていました。お父様は娘の能力も、そして『やるからには徹底的にやる』というノートルの血も、ちゃんと分かってくれているのです。


「よかろう。そこまで覚悟が決まっているのなら、引き止めはせん。ノートル男爵家の娘として、持てる知識と人脈を存分に使い、リチャード殿を支えてきなさい」


「お父様……! ありがとうございます!」 


「この分ならうちが融資した資金も早めの回収が見込めそうだな」


 抜け目のないお父様は、わたくしに笑いかけます。


「ただし、本当にリチャード殿の邪魔だけはするんじゃないぞ?  向こうに着いたら、私の古い友人である貿易商のカラクにも連絡を入れておこう。困ったことがあれば頼るといい」


「あら、あなた。でしたら、わたくしもあちらの伯爵夫人に宛てて、ルシアンを歓迎するよう手紙を書いておきますわ。折角のリチャード様との旅路に、不自由があっては大変だわ。それに彼女ならルシアンだって幼い頃からよく知った仲ですもの」


「お母様まで……ありがとうございます。 助かりますわ!」


 お父様の商人魂を誰より愛し、家柄ではなく本来の実力を見るお母様。そして、口では資金の回収と言いながらも娘の背中を全力で押してくれるお父様。 

 わたくしはそんな二人の娘であることを誇りに思うのです。


 これはあくまでも勘ですが、お母様はきっとわたくしの『円満な婚約解消』という野望を面白がりながらも賛成してくれているような気がするのです。


(ふふ、待っていらしてください。リチャード様)


 貴方の《大人しくしております》は信用できません。なんて怪しまれていましたけれど……。ええ、その直感は正しいですわ!


 さあこれから、わたくしが過ごした隣国で得た知識をすべて活かし、あなたの視察を完璧な形で成功させて差し上げますわ。


 最高の味方である両親の応援を背に受けて、わたくしは胸の中で、完璧なゴール『円満な婚約解消』へと続く旅路に、ワクワクと期待を膨らませるのでした。


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