4話(変わった令嬢)
ルシアン・ノートル。
気づけば、先日の彼女のことを思い出していた。
私は執務机に置いた書類の山を見ながらふうっと息を吐いた。
あの日の喫茶店での出来事がまだ、妙に印象に残っていた。
突然現れたステファニーたち。あの場で彼女は、当然のように私を庇った。
それはまるで自分と一緒にいることが、私の恥であると思い込んでいるようだった。
そして、さも無理に、自ら誘い出したかのような言葉を残した。
(……だが、なぜ彼女はいとこのステファニーを知っていた?)
一瞬、疑問が浮かんだが、すぐに思い出した。そういえばそうだ。
あの二人は確か、貴族学院で一年だけ一緒だったはずだ。
以前、ノートル男爵が話していた。
『娘は長く外国へ留学しておりましてな。帰国後、最後の一年だけこちらの貴族学院へ通わせたのです』
ルシアン嬢とステファニーは同い年。現在はどちらも十八歳で、今年卒業したばかりだ。
私は今年で二十歳だ。二つ年上になる。だから、学院時代は接点がなかった。
(それにしても……)
私は苦笑した。
ルシアン嬢は何故だか、いつも自分を過小評価している。
『わたくしなんか』、『お気の毒』まるで、自分が魅力のない令嬢であるかのような言葉が目立つ。
だが実際は、その逆だった。彼女は社交界でも、かなり目立つ存在だ。
まずは、容姿。綺麗な金髪に、大きな瞳。愛嬌がありながら、同時に品もある。そして何より目を見張るのは、三カ国語を操り、学院の成績まで優秀ときている。その上、商売の知識も豊富な令嬢など、そうそういない。いいや、そんな人間、彼女以外存在しないだろう。
ただ、ノートル家は商売をしている。それが一部貴族たちには気に入らないのだ。
貴族のくせに金儲けをしている、と。
しかし、皆本心では違う。誰もが認めていることだ。
ノートル家がどれほどの財を持ち、どれほど大きな影響力を持っているかを。
軽蔑という名の、ただの嫉妬に過ぎない。羨ましいからこそ、見下さずにはいられないのだろう。それは貴族の悲しい性なのかもしれないな。
(少々早とちりなところはあるが、あれほど面白い、いや、不思議な女性には今まで会ったことがないな)
────
その後、侯爵家の執務室にて。
ノートル男爵からの融資によって、ひとまず目の前の危機は回避されていた。
しかし、それで全てが解決したわけではない。
失われた信用。これから先の資金繰り。そして何より、今後どう立て直していくか。その問題は残ったままだ。
「実は……」
私は父に相談を持ちかけた。
「一度、隣国へ行こうと思います」
「隣国へ?」
「はい。向こうは我が国と違い、貴族でも商売や投資を広く行っております」
この国では、貴族が露骨に利益を追うことは品がないとされる。
だが隣国は違う。
貴族自身が商会を持ち、船を出し、交易で利益を得ることも珍しくなかった。
「学院時代の友人がおります。彼がこちらの国に留学していたのは一年だけでしたが、今でも時々、手紙のやり取りは続いていますから。隣国の公爵家嫡男です」
「……アルベール殿か」
「はい。向こうの商売や投資について、話を聞いてみたいのです」
父はしばらく黙り込んでいた。
それからゆっくりと頷く。
「……そうだな。このままでは、ノートル男爵の厚意に甘えるばかりになる」
「はい」
「頼めるか」
「任せてください」
私の返事を聞いた父は、安心したように目を閉じた。
────
そして後日。
私は、その件をルシアン嬢へ伝えた。
「隣国へ。ですか?」
すると彼女は、ぱっと表情を明るくする。
嫌な予感がした。
「ええ。少し視察も兼ねて行こうと思います」
「まあ!」
案の定、ルシアン嬢は勢いよく身を乗り出した。
「でしたら、ぜひわたくしも同行させてくださいませ!」
「……は?」
思わず聞き返す。
「隣国にはわたくしも長くおりましたし、ご紹介できるお店や商人もおりますわ!」
「いや、遊びではないのですが」
「もちろん分かっております!」
まったく分かっていない笑顔だった。
「お邪魔はいたしませんわ! わたくし、ちゃんと大人しくしておりますから!」
「……あなたの《大人しい》はなんだか信用できません」
「まあ、失礼ですわ」
本気で心外そうな顔をする。
だが、その様子を見ていると、不思議と追い返す気にはなれなかった。
私はため息をひとつ、ついてから返事をした。
「……分かりました」
「本当ですか!」
「ただし、勝手な行動は禁止です。自分の思い込みだけで全てを完結しないように」
あの喫茶店での彼女の行動を思い出し、釘を刺すように言うと、ルシアン嬢は一瞬、キョトンとした顔をした。
「? はい!」
返事だけは実に見事だった。
しかし、絶対に何かやる。私は何故かそう確信していた。
根拠はないのだが……。




