40話(王子の告白)
ルシアン嬢からそんな驚くべき『真実?』を聞かされ、私は心の中で苦笑しつつも真剣な眼差しを彼女へと向けた。
「ルシアン嬢。実は今回の我が国の訪問は、表向きこそ親善を目的としているが、実際には君たちが手に入れたオークの山林の規模を確かめるためでもあったんだ」
「もちろん、理解しております」
「……だが、それだけではない。私個人としては、君が私の妃になる気はないか、それを確かめたくてここへ来たんだ」
あまりにも真っ直ぐ過ぎる私の言葉に、さすがのルシアン嬢も驚きを隠せない様子で、大きな目を瞬かせた。
「光栄な御言葉にございます。……ですが殿下は今も、亡くなられた公爵令嬢の方を思われておいでではないのですか?」
「……っ、知っていたのか」
思いがけない言葉に胸の奥が痛む。
確かに、彼女が馬車の事故でこの世を去ってから、四年が経つ。
「すみません。お辛いことを思い出させてしまいました」
「いや、気にする必要はない。どうせ忘れることなどできないし、別に隠すつもりもなかったから構わないんだ」
私は自分の中で燻り続け、消えることのない想いを目の前の彼女に吐き出していた。
周囲の者たちは、もう四年も経ったのだからと、次から次へと新しい婚姻の世話を焼いてくる。だが、自分の中ではまだ四年なのだ。いいや、違う。今もなお、彼女を失ったあの日のことは、つい昨日のことのように鮮明に覚えている。
それでも私は、いずれ国を背負う立場の人間だ。いつまでも過去に囚われたまま、立ち止まっているわけにはいかないことも重々理解している。
そんな時だった……。
「彼女が亡くなって以来、初めて心惹かれた女性が、ルシアン嬢、君だったんだ」
一国の王子の、率直な告白。それをじっと聞いていたルシアン嬢は、何故か穏やかに微笑んだ。
「殿下。わたくしは両親のようにお互いを心から想い合える、生涯でただ一人の相手と添い遂げる関係に憧れております……ですが、殿下の心から、その亡くなられた方が消えることは、きっと生涯ないでしょう」
「それは……」
「生きている人間は、決して亡くなった方には勝てませんわ。わたくし、こう見えてかなり独占欲が強いのです」
悪戯っぽく、それでいてどこか切なげに彼女は続ける。
「ですから殿下は、もっと心の広い方をお探しください。その方の存在すらも丸ごと受け入れ、その上で殿下を愛してくださるような素敵な方を。ですが……まだ、たったの四年しか経っていないのですよ。どうか、無理はなさらないでくださいね」
その時だった。ストン、と何かが腑に落ちる音がした。
その言葉は、私の凍りついた心の奥底に、驚くほど深く、優しく浸透していく。
かつて戦場では、多くの部下の命が失われる場面を経験してきた。戦友の死は辛かったが、婚約者を失ったあの時の喪失感は、それとは比べものにならなかった。この世にこれほど深い悲しみがあるのかと、長い間、何も手につかない日々を過ごしていた。
だからこそ、彼女の言葉は、そんな私の心に深く響いた。
やはり、私は今まで無理をしていたのだ。責任感だけで、心は少しも追いついてはいなかった。
それに、ルシアン嬢を妻に迎えれば、帝国にとっても大きな利益になる。そんな打算を心に隠したまま求婚した時点で、私は彼女から拒まれて当然だったのだと、妙に納得がいった。
「……なるほどな。なら、君はあの彼を選ぶのだな?」
私の心を誰よりも理解してくれた彼女の幸せを願い、フロアであれほど必死に片言で牽制していた男の顔を思い浮かべて問いかける。
すると、ルシアン嬢はそれまでの柔らかな微笑みを一瞬で消し去り、本気で意味が分からないと言いたげな顔をする。
「……はい? どうしてそうなるのですか? わたくしはリチャード様が想い人と結ばれるために、日々『円満な婚約解消』を目指して頑張っている最中なのですけれど」
「は……?」
大真面目に返された言葉に、私は思わず呆然とし、それから耐えきれずに苦笑を漏らした。
(やはり君は、本当に、何も気づいてはいないのだな。あれほど君だけを一途に想い、激しい嫉妬を隠そうともしない、あの男の気持ちに)
なんとなく、これ以上首を突っ込むべきではない気がして、それ以上の言葉は口にしなかった。
(他人の気持ちをこれほど鋭く見抜ける君が、自分のこととなると、どうしてここまで鈍いんだ……)
そこが、君らしいのかもな。
私は吹っ切れたような清々しい顔を彼女に向けた。
すると、その表情を見て安心したのか、ルシアン嬢はいつもの明るい笑顔に戻った。
「殿下。きっと今はまだ、その時ではありません。ですから、周りが何を言っても、頑張り過ぎないでくださいね」
彼女は最後に、私の心に救いの言葉を残し、応接室を去っていった。
一人残された私は、冷めきった紅茶を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
あの一途で不器用な男が、ルシアン嬢に振り回される未来に、心からの同情と、ほんの少しの、祝福を贈りながら。




