41話(繋がった心)
王子殿下との、話を終え、応接室をあとにしたわたくしは、ずいぶんと長い時間、御者を待たせてしまったわ、と申し訳ない気持ちで馬車置き場へと向かうと、そこにはノートル家の馬車ではなく、なぜかダッフル侯爵家の馬車が停まっていました。
何故? と思いながら中を覗くと、そこには椅子にもたれ、うつらうつらしているリチャード様の姿があったのです。
「リチャード様!? こんなところで、一体どうなされたのですか?」
わたくしの突然の声に、リチャード様はハッと目を開け、それから少し気まずそうに、微笑みました。
「いや……舞踏会の行きは、迎えに行けなかったからな。せめて帰りくらいは、私が君を送り届けたいと思って待っていたんだ。君のところの御者には私の方から言って、帰ってもらった」
「待っていた、ですって? ……まさか、こんなにも長い時間、ずっとここで?」
「あー……。もう、そんなに時間が経っていたのか」
リチャード様は頭を掻きながら、照れ隠しのような仕草をされました。
(本当に、相変わらず律儀というか、真面目すぎるお方ですわ。明日もお仕事でお忙しいでしょうに……)
そんな彼の優しさに胸を打たれつつ、馬車へ乗り込むと、リチャード様が少しだけそわそわした様子で尋ねてきました。
「それで……王子殿下と、部屋で何を話していたんだ?」
「ああ、そのことですのね」
隠すようなことでもありませんので、わたくしは先ほど応接室で交わされた殿下とのやりとりを、順を追ってリチャード様にお話しすることにいたしました。
殿下には、結婚を間近に控えた大切な幼馴染の婚約者様がおいでだったこと。その方を不慮の馬車事故で亡くされ、四年が経った今でも深い喪失感を抱えておいでなこと。それなのに、周囲が新しい縁談を無理に勧めてくることに毎日疲れていらっしゃったこと。
そして、そんな殿下から、求婚のお言葉をいただいたこと。
「っ……!? な、んだと……っ!?」
リチャード様は息を呑み、一瞬、顔を真っ青にされました。わたくしは慌てて言葉を続けました。
「ですが、ちゃんとお断りいたしましたわ。わたくしは、両親のようにお互いを心から想い合える、生涯でただ一人の相手と添い遂げる関係に憧れております。ですから、殿下の心からその方が消えることはない以上、お受けすることはできません、と」
わたくしがそう告げた、瞬間でした。
「ルシアン嬢!」
「きゃっ!?」
わたくしはリチャード様の腕の中に強く抱きしめられていました。あまりの勢いに、頭が真っ白になります。
「ならば……その相手は、私では駄目なのか!?」
「……え?」
「私は、生涯でただ一人の相手、ルシアン、君と一生を添い遂げたい! 他の誰でもない、君がいいんだ!」
その言葉は、わたくしのこれまでの人生のなかで、一番の衝撃となって胸に響きました。あまりの驚きに、心臓が激しく脈打ちます。
「な、何を仰っているのですか……っ!? リ、リチャード様には、他に想っていらっしゃる方がおられるのではないのですか!?」
わたくしがパニックになりながら叫ぶと、リチャード様は体を離し、わたくしの両肩を掴んで、その瞳でまっすぐにわたくしを見つめてきました。
「ああ、いる! 今、この腕の中に、この世で一番愛する人がいる!」
そう言って、もう一度抱きしめます。
「……は?」
リチャード様のあまりにも突然な、そしてあまりにも赤裸々な愛の告白に、わたくしは完全に目が点になりました。
(は!? わたくし!? え、リチャード様の想い人って、わたくしですの!?)
素っ頓狂な声が響き渡ります。
(ちょっと待って、ならば今までの、わたくしのあの『円満な婚約解消』に向けての努力は何だったのでしょうか)
頭の中が完全にパニックを起こします。
ですが、それと同時に気づきました。
先ほど、求婚してくださった王子殿下の前では、まったく動かなかった心が、今はこんなにも嬉しさにざわめいていることに。
そう、ついに自覚したのです。
(わたくし……本当は、リチャード様を求めていたのかしら? ……ああ、それなら、前に彼が他の女性と結ばれるところを想像したときに感じた、あの胸の痛みの正体も、すべて納得がいきますわ……!)
だけどその時、わたくしは先ほどの殿下の悲劇を思い出し、思わずリチャード様の腕を振り解き、不安を口にしていました。
「でも……! もし、万が一、先ほどの殿下のように……わたくしたちのどちらかに、何か不慮の事故が起きてしまったら……。そう考えると、どうしても臆病になってしまいますわ……」
愛が深ければ深いほど、失ったときの絶望は大きい。
そんなわたくしの不安な言葉を聞き、リチャード様は、頼もしい笑顔を浮かべたのです。
「だったら、そこは君の得意とする『リスクの分散』をすればいい」
「……え? リスクの、分散?」
あまりにも場違いな言葉に、わたくしは感激も引っ込んでしまいました。だけどリチャード様はいたって真面目なお顔で、説明を始めます。
「簡単だよ。私たちが結婚をして、たくさん子供を作ればいいんだ。その子供たちは、必ず君や私に似ている。万が一、私が君を、あるいは君が私を失ってしまったとしても、私たちの愛の結晶である子供たちが、残された者に生きる力を与えてくれる。だからこれは、人生における『愛のリスクの分散』だ!」
「……?」
愛のリスクの分散。
……言っていることの意味は少しだけ通じるような、でも、何だかものすごく都合よく言いくるめられ、丸め込まれているような? あまりにも彼らしい、不器用で、どこかズレた説得に、わたくしは思わず苦笑を漏らしてしまいました。
ですが、それと同時に、これ以上ないほどの幸せが胸いっぱいに広がっていくのを感じます。
「……ふふっ。本当に、おかしな方」
わたくしは、今までの人生で一番の、思いっきりの笑顔を浮かべて、その温かい胸の中へと再び飛び込んだのでした。
そんなわたくしを受けとめてくださった、リチャード様の顔を、わたくしは生涯忘れることはないでしょう。




