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【完結】冷徹侯爵様、お気の毒なので『円満な婚約解消』して差し上げます  作者: ヴァンドール


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39話(殿下の疑問)

 アルファンブラ帝国第一王子殿下の歓迎舞踏会は、華やかな雰囲気の中、幕を閉じました。

 通訳としての仕事を無事に終えたわたくしは、王子殿下へ最後の挨拶を済ませ、その場を辞そうとした瞬間、声をかけられたのです。


「ルシアン嬢。尋ねたいことがあるのだが、このまま少し時間をもらえないだろうか」

 

「もちろんです。わたくしでお答えできることでしたら、何なりとお尋ねください」


 その後、王宮内に用意されている王子殿下の滞在用の応接室へ場所を移し、促されるまま、椅子に腰を下ろしました。向かい側に座った殿下は、運ばれてきたお茶に一度も手を付けることなく、真っ直ぐにわたくしを見つめてきました。


「ルシアン嬢。……君が先ほど言っていた『書類上の婚約者』とは、一体どういう意味なのか、詳しく聞かせてはくれまいか?」


 あまりにも単刀直入な問いに、わたくしは思わず目を瞬かせてしまいました。

 帝国の王子殿下に、内輪の事情をどこまでお話して良いものか、一瞬迷いはしましたが、聡明な殿下相手に変な誤魔化しはしたくはありません。それに、先ほど我が家の利権を守ってくださった殿下には、誠実にお答えすべきだと判断致しました。


「……分かりましたわ。殿下にだけ、すべてをお話しいたします」

 わたくしは包み隠さず、これまでのすべての経緯を順を追ってお話しすることにしました。


 始まりは、リチャード様のお父様であるダッフル侯爵家の交易船が、何者かによって意図的に沈没させられたこと。それによって莫大な損失を抱え、破産の危機に瀕していた侯爵家へ、我が家の父が融資を行ったこと。

 さらに、隣の領地にあった強力なライバル港に負けないよう、ダッフル侯爵家の港のインフラを抜本的に整備したこと。その際、より確実な事業拡大のために父からさらなる大規模融資を提案したこと。

 そして、かつて我が家が殿下との交渉の席で提示いたしました、しばらくの間『入港料無料』という策。


 あれは単なる慈善事業ではありません。まずは無料を売りにして、世界中の商船を呼び寄せ、ライバル港の顧客を完全に奪い取る。そうして独占した後に、『これくらいなら払っても仕方ない』と思わせる絶妙な額の利用料を後からいただく。「これこそが、『損をして得を取れ』ですわ」と、当時の計画を詳しく説明しました。


(まあ、今となっては船を沈めた首謀者であるレイモンド伯爵が捕まりましたので、入港料無料のカードをこれ以上切る必要もなくなったのですけれどね)


 そして、それらの融資と事業支援の過程で、我が家への莫大な『借金(恩義)』に報いるため、ダッフル侯爵側から提案されたのが、リチャード様とわたくしの婚姻、すなわち、あの『書類上の婚約』であったことなど。

 最後に、その一連の騒動の決着として、我がノートル家が、全ての黒幕だったレイモンド伯爵の領地を国王陛下から賜ったことまでを話し終えると、殿下はとても感心なさっておいででした。


(まさか国王陛下も、我が家に与えたあの領地に、これほどの価値のオーク材が眠っているとは夢にも思っていなかったでしょう。その上、その木を運ぶための川が隣接しているだなんて、今頃は激しく後悔していらっしゃるはずですわ)


 そう思うと、胸のすくような気持ちが込み上げました。

 何より、先ほど殿下が「私が約束したのはノートル男爵であって、この国ではない」と国同士の技術提携をキッパリと突っぱねてくださったおかげで、王家はもうノートル男爵家から無理矢理その領地やオークの利権を取り上げることができなくなりました。本当に、ありがたい限りですわ。


「以上が、わたくしとリチャード様が『書類上の婚約者』である真相にございます、殿下」


 わたくしは話し終えると、目の前の冷めてしまった紅茶を飲み干しました。


────


「……なるほどな。おいおい、君はあの交渉で造船技術を手に入れるだけでなく、最終的に我が国からも利益を得るつもりだったのか?」


 呆気にとられたような王子の言葉に、ルシアンは不思議そうに小首を傾げた。


「だって、わたくしは商人の娘ですもの。利益を得られる機会があるのなら、それを活かすのは当然ですわ。でもこのお話はわたくしたちだけが得をするものではありません。帝国は不足しているオーク材を手に入れられ、さらに当面の間は入港料の負担もございません。わたくしたちは造船技術や港で利益を得る。双方に利益があるからこそ、この取引は成り立つのです」


 大真面目に言ってのけたルシアンを見て、王子は驚きに目を見開いた後、こらえきれないといった様子で苦笑をもらした。


(私との交渉で提示してきた、しばらくは『入港料無料』。これさえもライバルを出し抜き、顧客を全て奪い取ってからさらに利益を得るための戦略だったというのか。あの時語っていたのは氷山の一角に過ぎなかったのだな……。我が国の財務大臣でも、これほど見事な長期戦略は立てられんぞ。それを、この若き令嬢が当然のように語っているとは……。ノートル男爵家、恐るべしだな)


 この日、王子はずっと気になっていたルシアンの気持ちを確かめたくて、話す機会を設けた。だが、あまりにも優れた商才を目の当たりにし、圧倒されっぱなしだった。


 そして、それと同時にあのダッフル侯爵家の嫡男、リチャード。 

 彼のことを本当に不憫な男だと同情していた。


(先ほどフロアで、あれほど凄い形相で私を睨みながら片言の帝国語でルシアン嬢を『呼び捨て』にして、必死に婚約者アピールをしていたにもかかわらず、当のルシアン嬢は『我が家への借金(恩義)に報いるための、書類上の婚約です』と、何の疑いもなく信じ込んでいる。……同じ男として本当に同情するよ)


 そう言って、心の中で苦笑していた。


(よし、ならば……不憫な男に同情はするが、彼らは所詮、『書類上の婚約者』に過ぎない。ならば、まだ遅くはないはずだ。私にも彼女に求婚する資格はある)


 そう思い、心の中で不敵に笑った。


(私は一国の王子なのだ。ルシアン嬢という規格外の知性と商才は、我が帝国に計り知れない利益をもたらすだろう。それに他者を想いやる彼女の持つ温かい心と気高さは王妃になるに相応しい。何より、私の凍りついた心が数年ぶりに微かに動かされたのも事実だ)


 この時王子は、冷酷な政治家としての打算と、一人の男としての想いを打ち明けるべく彼女に向き合う心の準備をした。







 

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