28話(帰還)
いよいよ、ノートル男爵たち一行が自国へと帰還する日がやってきた。
本来であれば、往路と同じ(手配していた)商船で長い時間をかけて戻る予定であったが、別れの朝、謁見の間を訪れた一行に、アルファンブラ帝国の第一王子は破格の計らいを告げた。
なんと、『自国の功労者をあのような小さな船で帰せるか』と、長旅を少しでも快適にと、国が所有する最新鋭の大型船を帰路のために用意してくれたのだ。
それだけではない。王子の決断は完璧だった。
帝国の宝とも言える優秀な造船技術者を早くも三人も選び、技術指導のために同乗させるという。しかも、選ばれた三人は全員がルシアンたちの母国語を話せる者であり、その細やかな配慮に驚かされた。
さらに船の積荷には、「ダッフル侯爵領の開港祝いだ」として、帝国特産の最高級の品々が大量に積み込まれていた。
「第一王子殿下、ここまでの御配慮、一同を代表して心より御礼申し上げます」
ノートル男爵が深々と頭を下げ、一同もそれに続く。通訳を務めながら、ルシアンだけは、にっこりと自信に満ちた微笑みを王子に向けた。
「こんなにも心を尽くしていただき、本当にありがとうございます、第一王子殿下。この御恩は、必ずや我が国と貴国の間に生まれる、多大なる『利益』という形でお返しすることをお約束いたしますわ」
感動的な別れの場で、堂々と「見返り」を誓ってみせた少女に、第一王子は一瞬目を丸くした。しかし、すぐに楽しそうに肩を揺らして笑い出す。
「ハハハ、利益で恩返しか! どこまでも商人の娘らしい受け答えだな、ルシアン嬢。……ふっ、其方のような聡明で面白い娘が我が国にいてくれたなら、私の退屈な日々も少しは華やいだものになるのだがな。本当に惜しいことだ」
王子の言葉は、単なる通訳への労いとは思えない、一人の女性としてのルシアンを気に入ったがゆえの、正直な気持ちのようだった。
こうして交渉を成功させた一行は、王子たちの見送りを受けながらアルファンブラ帝国をあとにした。
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帝国の最新の大型船は実に乗り心地が良く、大きいせいもあってか、船酔いする者はほとんどいなかった。
そればかりか、船の速度も段違いに速く、当初の予定を大幅に前倒しして本国へと向かっていた。
そのデッキで、ルシアン、アルベール、リリアーナの三人は、和やかに談笑していた。
「ねえ、ルシアン。船が出る前にね、お姉様がこっそり教えてくださったのだけど」
リリアーナが楽しそうに目を輝かせ、ルシアンの顔を覗き込んだ。
「第一王子殿下、本当にあなたのことをお気に召していたみたいよ? あのお方が令嬢にあそこまで正直な思いを言葉にするなんて、滅多にないことなんですって!」
彼女からの、恋かもしれない打ち明け話。しかし、ルシアンは「まあ」と不思議そうに瞬きをするだけで、舞い上がった様子はまるでない。
「リリアーナ様、お姉様は間違いなく勘違いをなさっておいでですわ。あのお方は、これから長きにわたり利益をもたらすオーク材と、リチャード様の港の利権を気に入ってくださっただけですの。わたくしはただ、その素晴らしい条件を、帝国語でお伝えした存在にすぎませんもの」
相変わらずの、天然である。
(まったくもう……わかっている。わかってはいるが本当に一切、ぶれないな君は)
アルベールは心の中で「リチャード、強く生きろ」と祈りながら、ふと気になっていた疑問をリリアーナに尋ねた。
「そういえば、リリアーナ。少し不思議に思ったんだが……第二王子殿下はすでに結婚しておいでだ。なぜ兄である第一王子殿下は、未だに独身でいらっしゃるんだ? 世継ぎのこともあるだろうに」
「ああ、そのことですの? なんでも、殿下には幼馴染の公爵令嬢がいらして、正式に婚姻が決まっていたそうなのだけど……。その方が、お式の直前に馬車の事故で突然、命を落とされてしまったとお姉様が言っていたわ。それ以来、殿下はどなたも娶らず、ずっとお一人を通されているそうなの」
「なるほど……そんな悲しい過去が。しかし、だからといって一国の第一王子だ。いつまでもそのままというわけにもいかないだろう。周囲もうるさいはずだ」
アルベールが現実的な懸念を口にすると、それまで大人しく聞いていたルシアンが、ぱっと両手を胸の前で合わせて割り込んできた。その瞳は、なぜか感動で潤んでいる。
「まあ! 亡くなられたその方を今も忘れられず、お一人でいらっしゃるなんて……殿下はどれほどその女性を深く愛していらしたのかしら! きっと第一王子殿下は、この先もずっと、その純愛を貫いてお一人で過ごされるに決まってますわ。その方が断然ロマンチックで素敵ですもの! ええ、そうですわ、きっと後継ぎは第二王子殿下にできたお子様に継がせるおつもりなのですね!」
「おいおい、ルシアン嬢。人の国の王位継承問題を、そんな恋愛小説みたいな妄想で片付けるなよ。やれやれ……」
アルベールが呆れたように額を押さえ、釘を刺すと、ルシアンは「だって、本当に素敵じゃありませんか」と頬を膨らませ、手洗いに行くと出ていった。
少しすると、「おーい、ここにいたか」
デッキの向こうから、商会長を連れたノートル男爵が、晴れやかな、それでいて不敵な笑みを浮かべて歩いてきた。
「いよいよ、我が国に近づいてきたぞ。いやあ、今から楽しみで仕方がないな」
男爵はニヤリと口角を上げた。
「死んだとばかり思っていた我々が、帝国の最新鋭の大型船に乗り、最高の技術者と山のような宝物を積んで堂々と帰ってきたのを見た時……あのレイモンド伯爵が一体どんな顔をするか。想像しただけで笑いが止まらんよ」
「本当ですな、男爵。我々を罠にハメたつもりでいるあの悪党の鼻を明かしてやりましょう!」
商会長も意気込んで話す。
いよいよ始まる反撃を前に、一同は気を引き締めた。その真剣な空気の中へ、ルシアンが手洗いから戻ってきた。
「あら? お父様方、先ほどから何のお話をしておいでですの? さては第一王子殿下のくださったお祝いの中身でも想像していらしたのかしら?」
いつも通りの、のほほんとした声。
そのあまりの温度差に、今度はアルベールだけでなく、ノートル男爵までもが遠い目をした。
(これでは……本国で首を長くして待っているリチャード殿も、本当に先が思いやられるな。やれやれ……。私はもう知らんぞ)
アルベールは心の中で親友の不憫な姿を思い浮かべて、今日一番の深いため息を吐いた。
二人とも気持ちは同じだった。




