15話(悪巧み)
「まったく、何なのよあの女!!」
きらびやかな舞踏会場の隅で、人目を避けるようにその場を離れた私は唇を強く噛み締めていた。
悔しくて、悔しくて、腹わたが煮えくり返りそうだわ。
たかが領地も持たない成金の男爵令嬢のくせに! 少しくらいお金を持っているからといって、隣国の公爵令嬢と親しげに喋るなんて生意気なのよ!
しかも、何より許せないのはリチャード様のあの態度。
『ルシアンは私の大切な婚約者だ』
脳裏にリチャード様の怒鳴り声が蘇り、私は屈辱に身を震わせた。
婚約者? 何よそれ、初耳だわ! あんな身分違いの小娘が彼のそばにいるなんて、そんなこと絶対に、絶対に許せない!
「あなたたちも何ボーッと突っ立ってるのよ! あんな成金女に圧倒されて、情けないと思わないの!?」
「ひ、ひぃっ……申し訳ありません、ステファニー様……」
怯える取り巻きの令嬢たちに思い切り八つ当たりをして怒鳴り散らしていると、いきなり私たちの後ろから、低い声の男が近づいてきた。
「おやおや、侯爵家のご令嬢ともあろう方が、随分とお怒りのようだ」
「……誰よ、私に気安く話しかけるのは」
不機嫌そうに振り返ると、そこには上等な服を纏った男がいた。口元には、薄気味悪い笑みが浮かんでいる。
確か、彼は……レイモンド伯爵。リチャード様の領地の、すぐ隣を治める領主だわ。
「何かご用かしら? レイモンド伯爵。私は今、最悪の気分なのだけど」
「いやこれは失礼、ステファニー様。先ほど、あそこでリチャード殿に大恥をかかされていた、あなたをお見かけしたものですから」
「な、なんですって……!」
言い返そうとする私を、レイモンド伯爵は手で制し、周囲を見渡しながら小声で言った。
「お怒りはもっともだ。しかし、ステファニー様。リチャード殿を責めては可哀想です。……彼とて、あのような成金の娘と好き好んで婚約したわけではないのですからな」
「……え? どういうことですの?」
私は思わず耳を疑った。レイモンド伯爵はまるで待っていたかのようにわざとらしくため息をついた。
「実はですな、ダッフル侯爵家の貿易船が、先日不慮の事故で沈没してしまったのですよ。そのせいでダッフル家は莫大な損失を出してしまった。そのピンチに目をつけたのが、あの強欲なノートル男爵というわけです」
そう言ってニヤリと笑って見せた。
「彼は融資と引き換えに、自分の娘をリチャード殿の婚約者にしたのです。ダッフル家は、仕方なくあの女を受け入れたというわけです」
「そんなっ……! 人の弱みにつけ込むなんて許せないわ!」
私は驚きのあまり絶句し、次の瞬間、激しい怒りが頂点に達した。
「なんて浅ましい! お金に物を言わせて、リチャード様を縛り付けるなんて……! あの成金女、どこまで図々しいの!?」
「全くだ。あんな婚約、お国のためにもリチャード殿のためにもならん。何としても、あの婚約はぶち壊さなくてはなりません!」
レイモンド伯爵は言葉巧みに私をけしかけてくる。
そうだわ、あんな理不尽な婚約、私がブチ壊してリチャード様をお救いしなくては!
私は頭に血が上り、伯爵の言葉を完全に信用した。
────
ステファニーが「絶対にあんな女、排除してやるわ!」と息巻いて去っていった後、レイモンドは、表向きはなんとか平静を装っていたが、内心では激しく焦り狂っていた。
(クソが……! なぜだ、なぜあそこでノートル男爵が全額融資などという話になるんだ!?)
レイモンドの頭の中は、怒りと誤算で恐怖に駆られていた。
最近、生鮮食品を扱う商人たちから、「王都に近い港があれば、もっと高値で売れる」という声が相次いでいた。そのため、王都により近い隣の領地の港は、ぜひとも手に入れたい利権だった。
ダッフル家の船を偽装沈没させ、港の経営権を奪い取る。そこまでは完璧な計画だったはずなのだ。
ダッフル家が破産寸前に追い込まれれば、自分が救いの手を差し伸べる形で、港も、ダッフル家の他の利権も全て自分のものにできるはずだった。
それなのに、あの『領地も持たない成金』と見下していたノートル男爵が、まさかダッフル家の損失を全額融資するだけでなく、港の周辺インフラまで整備させるなど完全に想定外だった。
(あのまま港のインフラが整備されれば、我が領地の港の入港数は確実に減少してしまう……! あの男爵令嬢、ルシアンとか言ったか。留学先でリリアーナ公爵令嬢を抱き込んだのもあの女だ。一体どこまで隣国に食い込んでいる?!)
嫌な汗が背中を流れた。
ルシアンという規格外の頭脳を持つ令嬢は、レイモンドにとって得体のしれない存在だった。
(ノートル家とダッフル家が結びつく前に、あの愚かなステファニーを利用して、この婚約をぶち壊してやる。それしか、私に残された道はない……!)
レイモンドは、不気味な笑みを浮かべながら王宮を後にした。




