14話(隣国からの加勢)
「ルシアン嬢。その、来週の週末なのだが……もしよければ、新しくできた劇場へ観劇にでも行かないか? たまには息抜きも必要だろう?」
港の周辺インフラの着工が決まり、準備に追われる日々の中。リチャード様は、ご親切にもそうやって何度もわたくしを『デート』に誘ってくださるのです。
お優しくて、本当に律儀なお方。書類上だけの婚約者であるわたくしを、義務感からわざわざ気遣ってくださるなんて、本当に恐縮してしまいますわ。
(ああ、でもリチャード様! どうか今は、港のインフラ整備の手配やら根回しで、ただでさえお忙しいのですから、ご自分のお身体を労わってくださいまし)
そんなリチャード様のお姿を見るたびに、わたくしの胸にはある決意がふつふつと湧き上がるのです。
早く、一刻も早く港の事業を大成功させなくては。そして、これほど誠実なリチャード様を書類上の婚約という縛りから解放し、一刻も早く『円満な婚約解消』をして差し上げなくては! と、わたくしは心の中で思うのでした。
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それからしばらくして。
我が国の国王陛下の生誕祭が開催されることになりました。
今回は隣国の王族を招いての大規模な舞踏会が行われるとのことで、流石にリチャード様のお父様であるダッフル侯爵様も出席されます。これをお断りするわけにはまいりません。
そのため、今回ばかりはリチャード様のありがたいお誘いをお受けし、正式なパートナーとしてエスコートしていただくことになりました。
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舞踏会当日。
きらびやかな夜会は順調に進み、しばらくした頃。リチャード様が「少し飲み物をもらってくる。ここで待っていてくれ」と、席を外されました。
完璧なエスコートをありがたく思っていたその時です。
「あら、ルシアン・ノートル。相変わらず、身の程知らずな場所に平然といらっしゃるのね」
カツカツとヒールの音を響かせ、取り巻きの令嬢一団を引き連れて現れたのは、リチャード様のいとこにあたるステファニー侯爵令嬢でした。
彼女はリチャード様がいなくなったのを見計らい、わたくしに嫌味をぶつけてきます。
「今回は隣国の高貴な方々も集まる神聖な場ですのよ? 領地も持たない成金ノートル家の娘が、なぜリチャード様にエスコートされてますの? 早くこの場から退散なさったらいかが」
ステファニー様からの、わざとらしい嫌がらせ。
ですが、わたくしの頭の中は一瞬で冷静に状況を分析します。
彼女にリチャード様との婚約の件がわかってしまえば彼に恥をかかせてしまいますわ。
ならば、リチャード様の不利益にならないよう、何か完璧な言い訳をしなくては。
例えば『今回はダッフル家の事業計画における共同出資者としての同伴であり、形式的なもので……』と頭をフル回転させていたまさにその時でした。
「ステファニー! 何をしている! 大勢で寄ってたかって」
凍りつくような怒声が、会場中に響きました。
振り返ると、グラスを手にしたリチャード様が、これまでに見たこともないほどの怒りの形相でこちらへ歩いてくるところでした。
その凄まじい気迫に、ステファニー様たちの顔がさっと青ざめます。
「リ、リチャード様……?」
「ルシアン嬢は私の大切な婚約者だ。公の場で彼女を侮辱することは、我がダッフル侯爵家への、そして私への冒涜とみなす。今すぐ謝罪するか、ここから立ち去れ!」
怒りを見せるリチャード様のお顔を見つめながら、わたくしの胸の奥で、『遠い記憶』が蘇ります。
(あれ……? 昔も、これと同じようなことが……)
まだわたくしが幼かった頃にも、誰かがこのように庇って怒ってくれていたような。そんなことを思い出しそうになった、まさにその瞬間でした。
「あら? ルシアンじゃないの!」
隣国から招かれた王族のすぐ後ろから、目立つドレスを翻して颯爽と現れたのは、かつて留学先でわたくしをいじめていたいえ、アドバイスをしてくれていた、今や我がノートル家の熱狂的なファンにして歩く宣伝塔となった、リリアーナ公爵令嬢でした。
「リリアーナ様!」
わたくしが声を上げると、彼女は目の前に来て、親しげに手を取り、隣国の言葉で楽しそうにマシンガントークを始めました。
「あなたがプロデュースしたあの香水、私の国の社交界でも大流行よ! 今日もつけてきたわ!」
ステファニー様たち令嬢一団は、隣国の言葉がわかりません。だけど、隣国の超大物貴族である公爵令嬢が、成金と見下していたはずのわたくしにこれ以上ないほど親しげに、かつ敬意を持って接しているという雰囲気だけは、何となく察しがついたようです。呆然と口を開けて固まっていますから。
そこへ、リチャード様が厳しい声でステファニー様たちに告げました。
「紹介しよう。こちらの方は、隣国より賓客として招かれたリリアーナ公爵令嬢だ。ルシアン嬢の、大変親しいご友人でもある。失礼のないように」
「何……? くっ……!」
隣国の公爵令嬢という、あまりにも格上の存在。しかもそれが、自分たちがバカにしていたわたくし(ルシアン)の『友人』。
ステファニー様は、顔を真っ赤にしながら何か呟いています。
「何が婚約者よ! そんなの聞いていないわ」
悔しそうな表情を浮かべながら、一団はその場から逃げるように去っていかれました。
(あら? 少々お可哀想でしたかしら。でもまあ、リチャード様の恥とはならずに済みましたわね)
思わず本音が出てしまいましたわ。
『リリアーナ様。グッジョブ!』




