13話(噛み合わない恋路)
王宮の舞踏会での、あの波乱? の夜。
ルシアン嬢に紹介された令嬢たちとの数えきれないほどのダンスを経て、私はなんとかいくつかの有力貴族たちとの顔繋ぎを成功させた。……成功させた、と言っていいのだろう。
私の足は棒のようになり、精神的にも限界だったが、そんな私をルシアン嬢が満足そうに見つめる。
「素晴らしいですわ、リチャード様。これはもう利益確定間違いなしの成果です!」
満面の笑顔で言うものだから、私はヤケクソ気味にもうそれでいいと思うことにした。
そうして、私たちは一旦、この国を離れて自国へと帰ることになった。
帰りの船は、行きほどは揺れずに済んだのがせめてもの救いだ。
船のデッキで海を見つめながら、私の胸にはどうしようもないモヤモヤとした気持ちが渦巻いていた。
今回の『港の入港料を一時無料にし、周囲のインフラで儲けてレイモンド伯爵を潰す』というルシアン嬢の奇策。これについて、私は帰国後すぐに我が家の当主である父に相談するつもりだった。
ルシアン嬢もまた、実家であるノートル家の父上に新しい融資の件を相談してくれるという。
協力し合う婚約者。これ以上ないほど心強いビジネスパートナー。
しかし、普通なら私たちは恋人同士になるための婚約期間を過ごすはずなのに、なぜ婚約者と顔を合わせるたびに、商談ばかりしているのだ? そんな理不尽な心を必死に隠しながら、帰国の途に就いた。
(そう、彼女に普通は効かない。ただひたすらに『円満な婚約解消』に向け、ひた走っているのだからな)
────
帰国した次の日。私は一刻も早くルシアン嬢に会いたい一心で、早速父と共にノートル家へと向かった。
応接室に集まったのは、私と父、そしてルシアン嬢と彼女の父上、母上だ。
「なるほど。レイモンド伯爵による港の強奪目的のための『空の船の沈没』か。現状ではまだ、奴を公に訴えるだけの証拠はない、というわけだな」
私の父が腕を組んで苦々しく頷くと、対面に座るルシアン嬢の父上が、豪商の顔で言う。
「ええ、ダッフル侯爵。ですが、証拠集めに時間を割くより、まずはルシアンの提案通り、港の周辺のインフラ整備にすぐ取り掛かるべきでしょう」
まるで、時間の無駄とばかりにそう言って、不敵に笑った。
「敵が仕掛けてくる前に、こちらが圧倒的な市場を築いてしまえばいいのです。今回の整備に関する資金は、我がノートル家が全て融資いたしましょう!」
「全額、ですか!?」
私が驚いて声を上げると、ルシアン嬢の父上は豪快に笑った。
「もちろんですとも、リチャード殿! この計画は絶対に成功させて、あの強欲なレイモンドの鼻をあかしてやりましょう! いやそれにしても、入港料を無料にして、周囲の宿場や倉庫の利益で儲けるとはさすがは私の娘だ。これほど優秀な商才を持っているとは、本当に誇らしい!」
ルシアン嬢の父上が胸を張ると、その隣でお茶を飲んでいた彼女の母上が、くすくすと笑った。
「あら、あなた。ルシアンは『私の』娘でもありますのよ? そんなに一人で自慢なさらないでくださいな」
「ははは、これは一本取られたな!」
そんなノートル夫妻の和やかな雰囲気に包まれ、私の父は笑顔を向けた。
「いやはや、本当に素晴らしいお嬢さんだ。極めつけは何といっても落ち着いた頃にわずかな入港料をいただくとは、本当に見事だ」
「恐れ入ります、侯爵様」
ルシアン嬢はいつもの完璧なビジネスの微笑みを浮かべ、優雅に一礼した。その顔は美しく、そしてどこまでも理性的だった。
こうして話し合いはトントン拍子に進み、ノートル家からの全面バックアップのもと、ついに港の周辺インフラの着工が決定した。
我が領地の港が、ルシアン嬢の手によって生まれ変わろうとしている。本来なら、これ以上なく喜ばしいことのはずだった。
しかし……。
「ルシアン嬢。その、来週の週末なのだが……もしよければ、新しくできた劇場へ観劇にでも行かないか? たまには息抜きも必要だろう?」
着工までの準備期間、私は何度か、彼女を『デート』に誘ってみた。
今度こそ、ビジネスの話を一切抜きにして、普通の男女として彼女と過ごそうとした。
しかし、ルシアン嬢はとても申し訳なさそうな、それでいて完璧ないつもと同じ表情で、やんわりと私の言葉を躱した。
「まあ、リチャード様。お気持ちは大変嬉しく存じますわ。ですが、これからは港の着工でダッフル家の方々も本当にお忙しくなりますのでしょう? わたくしへのお気遣いは不要ですわ。どうか無理はなさらないでくださいませ」
毎回同じ言葉の繰り返しだった。時にはちんぷんかんぷんなことを言ってくる。
「リチャード様のお体が第一ですわ。侯爵様にはわたくしの方から上手く取り成しておきますからゆっくりお身体を休めてくださいまし」
別に疲れてなどいないのだが……。
「それでは、わたくしは資材の調達をチェックしてまいりますね。リチャード様も、どうぞご無理なさらないように!」
私の体調を完璧に気遣いながら、風のように去っていくルシアン嬢。
(……違うんだ、私は義務感で誘っているわけではないんだ……)
誰もいなくなった空間で、ぽつりと呟いた。
私の体調を本気で心配してくれているのは分かる。無理をさせまいという彼女なりの優しさなのも、痛いほど伝わってくる。
だが、その優しさのベースが全てビジネスを滞りなく進めるための健康管理や書類上だけの完璧な婚約者としての振る舞いに見えてしまうのは、私の気のせいなのか。いいや、彼女はいたって真面目だ。
(はは……今日も見事に振られてしまったか)
港の工事は順調に進み始めている。レイモンド伯爵を叩き潰す準備も万端だ。
ついに遠くで始まった工事の雑音を聞きながら、私はただ、胸の奥のモヤモヤを呑み込むことしかできなかった。
(何といっても私たち二人は、目指すゴールが噛み合っていないのだからな)




