12話(王宮舞踏会)
王宮の舞踏会当日。
きらびやかな会場に入ると、彼らは一斉に周囲の注目を集めた。
ランセル伯爵夫妻、アルベール、リチャード、そしてルシアン。
美男美女が揃ったその一団は、誰もが思わずため息を漏らすほど華やかだった。特に、正装に身を包んだリチャードの姿は、会場の女性たちの目を一瞬で釘付けにした。
「あら、あの素敵な紳士はどなたかしら……?」
「アルベール公爵令息やランセル伯爵家の方々とご一緒だわ。それなりの高貴なご身分の方に違いないわね」
そんなひそひそ声が飛び交う中、すでにこの国で有名人となっていたルシアンは、全く物怖じすることなく光り輝く笑みを浮かべていた。
そんな彼女の目は、すでに会場の中心にいる『ある集団』を捉えている。
ルシアンはゆっくりと華やかな令嬢たちへと近づいた。その中でひときわ目立っていたのが、公爵令嬢のリリアーナだ。
「お久しぶりです、リリアーナ様。今宵もお美しいドレス姿、この会場の中で一番輝いていますわ」
「まあ、ルシアンたら……! いつこちらに?」
彼女は親しげに微笑みを返した。
「こちらの香水、新しく開発した商品ですの。まだ市場には出回っていない特別なものですわ。宜しければ、皆様でどうぞお試しください」
ルシアンは、用意していた美しい小さなガラスの瓶を差し出した。
「あら! いつもこうして気を遣っていただいてありがとう。ルシアンの選ぶものはいつもセンスが良いから、とても嬉しいわ!」
リリアーナたちは嬉しそうに小瓶を受け取り、すぐに喜びの声を上げる。
その少し後ろで、アルベールがリチャードの耳元でこっそりと囁いた。
「おい、リチャード。信じられるか? あのリリアーナをはじめ周囲の令嬢たち、最初は留学に来ていたルシアン嬢をいじめて孤立させようとしていた連中なんだぜ。それが今や、あの通り完全に彼女の手のひらの上さ」
「……彼女なら、まぁ、当たり前か」
リチャードは呆れつつも、どこか誇らしげに納得していた。
しかし、ルシアンの『ビジネス』はここからが本番だった。
彼女は令嬢たちに向かって慣れた口調で紹介した。
「皆様、こちらにいらっしゃるのは、我が国が誇るダッフル侯爵家の嫡男、リチャード様です」
そして皆の注目を集めながらいつものビジネススマイルを浮かべた。
「実は今度、彼の領地にある港の周辺を大々的に整備することになりましたの。そしてなんと! 入港料を『無料』で世界中の商船を受け入れる予定なのですわ。その際にはぜひ、皆様のお父様方の商船も、彼の港を利用するようお勧めしていただけないかしら?」
その瞬間、令嬢たちの目が一斉に輝いた。
見目の麗しいリチャードの紳士的な外見に、彼女たちはすっかりメロメロだ。
「まあ、なんて素敵な殿方……! それに港を有する領地をお持ちだなんて」
「入港料が無料? 素晴らしいわ、すぐにでもお父様に伝えますわ!」
「後でお父様をご紹介いたしますわ! それよりリチャード様、宜しければわたくしと一曲、踊っていただけませんか?」
次々とダンスを申し込まれ、リチャードは一瞬、あからさまに嫌そうな顔をした。だが、隣で「さあ、行ってらっしゃいませ!」とばかりに満面のビジネススマイルを浮かべるルシアンを見た瞬間、リチャードは(だったらこっちだって)とルシアンへの猛烈な当てつけと、ほんの少しの反発心を込めて、ルシアンを睨みつける。
「……喜んで。ご令嬢方、私で良ければ是非」
あえて甘い声を出し、リチャードは令嬢の手をとってダンスホールの中心へとエスコートをした。
次から次へとパートナーを変え、他の令嬢たちとも親しげに笑い合ってみせる。
その様子を側で見つめていたランセル伯爵夫人が、心配そうにルシアンの顔を覗き込んだ。
「ルシアン、本当にいいの? 彼はとっても魅力的だわ。あのまま他のご令嬢に取られてしまうかもしれないわ?」
「いいえ、おばさま。むしろ予定通りですわ」
ルシアンは満足そうに微笑んだ。
これで多くの有力貴族との繋がりができ、港の宣伝は大成功。リチャードの成功への第一歩は完璧だ。これほど順調な『円満な婚約解消』へのステップはない。
実際、リチャードという男は、社交界の令嬢たちから絶大な人気を誇る憧れの存在だった。侯爵家の正統な跡取りであり、容姿端麗ときている。
しかし、いとこのステファニーが『リチャードは自分だけのもの』とばかりに、彼のそばに他の女性を一切近づかせないよう目を光らせていた。
その結果、リチャードは、女性の好意にとても鈍い、純情な男に育ってしまったのだ。ルシアンが『彼には他に想い人がいる』などと盛大な勘違いをしてしまったのも、この特殊な環境が原因なのだが……。もっとも、当のルシアンは、そんなことにはまったく気づいていない。
そんなルシアンの清々しいまでの顔を見て、アルベールは思い切りため息をついた。
(……リチャードの奴も可哀想に。当てつけのつもりで他の令嬢と踊ったんだろうが、ルシアン嬢にはまったく効いてないな。もっともあの極端なほど合理的な頭の持ち主に、男心を理解させるなんて、奇跡でも起きない限り、無理なのかもしれないな)
大勢の令嬢たちに囲まれながら、悲しいほど遠い目をしているリチャード。
ルシアンはそんな彼の気持ちに気づくこともなく、ただ一心不乱に『円満な婚約解消』に向け、走り続けるのだった。




