11話(度肝を抜かれる提案)
「それでは、どうぞここはわたくしを信じてご協力お願いいたします」
そう言い切った言葉に、周囲は静まり返りました。
リチャード様もアルベール様も、そして豊富な経験を持つカラクさんも、わたくしに注目します。
「……ルシアン嬢、レイモンド伯爵を今よりももっと、悔しがらせる策とは? 一体どうやってあの男に一泡吹かせるおつもりで?」
カラクさんが興味津々に尋ねてきます。
わたくしは周りを見渡しながら、いつもとかわらぬ得意のビジネススマイルを浮かべました。
「簡単なことですわ。リチャード様の領地にある港を今よりももっと、魅了的に、つまりは利益を増やすのです。そのためにまずは『入港料』を、一切いただかずに、ゼロにしてしまうのです」
「なっ……!」
最初に驚きの声を上げたのはリチャード様でした。
「ば、馬鹿な、ルシアン嬢。いくら何でも入港料をゼロにするなど、逆に利益を減らしてしまう。それこそ我が領地の大切な財源を自ら手放すようなものだ。そんなことをすれば、ただでさえ船を沈められて苦しい我が家は、たちまち破産しかねない」
「いいえ、リチャード様。目先の税はこの際考えないでください」
わたくしは、きっぱりと言い放ちます。
「そもそも、リチャード様の領地の港は、レイモンド伯爵の港に比べて『王都』への距離が断然近いのです。商人にとって、時間は何よりの財産。本来なら誰もがリチャード様の港を使いたいはずなのです。にもかかわらず、これまではあちらの港の方が栄えていた……。なぜだかお分かりですか?」
わたくしの問いに、アルベール様が顎に手をやり「……それは周辺の施設か?」と呟きます。
「さすがですわ、アルベール様。その通りです。あちらの港には、商人たちが休む宿や食事処、買い付けた商品を一時的に保管できる倉庫が揃っています。だから商人たちは、少し遠くてもあちらを利用せざるを得なかったのです」
わたくしはリチャード様を真っ直ぐに見つめ、ノートルの娘としての本領を発揮し、一気に言葉を捲し立てたのです。
「ですから、まずは我がノートルの資金を使い、リチャード様の港の周辺に頑丈な倉庫や快適な宿、そして食事処を建設いたします。その上入港料が『無料』となれば、あちらを利用していた商船が一斉にこちらへやってきます。その商人たちが港で落とす衣食住の代金、つまり周辺インフラの利益で、まずは十分に元が取れますの。そして何より……」
わたくしは淑女らしからぬ笑みを浮かべました。
「数年もすれば、レイモンド伯爵の港からは、客(商人)が一人残らず消えることになりますわ。あちらが完全に干上がったところですかさずリチャード様の港で、ほんの『僅かな入港料』をいただくように切り替えるのです。商人たちが『まあ、この程度の金額なら、便利だから払っても仕方ないか』と思える絶妙な低価格で、ね」
「……」
周囲は今度こそ完全な静寂に包まれます。
リチャード様は言葉を失ったように絶句し、アルベール様は「何という発想だ。君は……」と信じられないものを見る目で引きつった笑いを浮かべていらっしゃいます。
何より、大物貿易商であるカラクさんが「参ったな……」と頭を抱えています。それでも彼は笑顔です。
「……並の人間じゃ考えつかない奇策ですな。最初に『無料』で呼び寄せ、インフラで儲け、競争相手を排除してから、最後に適正価格で回収するとは……ルシアン嬢、貴女は本当に凄い商人魂をお持ちだ。ノートル男爵の血をこれでもかと引いているのですね」
「お褒めに預かり光栄ですわ、カラクさん」
「それにこの策は、レイモンド伯爵が悔しがるどころか伯爵領そのものが立ち行かなくなるな」
わたくしは一礼します。
これでリチャード様の侯爵家は救われ、『円満な婚約解消』へ真っしぐらですわ!
すると、それまで黙って聞いていたランセル伯爵が、感心したように頷きました。
「素晴らしい策だ! ルシアン嬢。しかし、それだけ大きな改修となれば、国や他の貴族たちへの根回しも必要になるな……」
「ええ、伯爵様。ですから、ちょうど来週、王宮で舞踏会があると伺いました。そこに皆様で参加いたしましょう」
わたくしはリチャード様を振り返りました。
「その席で、リチャード様を大々的に皆様に紹介し、多くの貴族たちと顔繋ぎをしておくのですわ」
それからにっこり微笑みます。
「リチャード様ほど素敵なお方なら、ご令嬢やご夫人たちをあっという間に虜にできますわ」
わたくしが太鼓判を押すと、なぜかリチャード様はとても複雑な、まるで何かを耐えるような表情です。
「……ルシアン嬢。君は、私が他の令嬢たちと親しくすることを、何とも思わないのか?」
「? もちろんですわ。ビジネスを有利に進めるためですもの、使えるものは何でも使うべきですわ! わたくしなら親だって使いますわ」
きっぱりと断言すると、リチャード様は「……そうか」と、切ない目でわたくしを見つめ、がっくりと肩を落とされました。
なぜかしら、少し怒っていらっしゃるようにも見えますわ。
不思議に思うわたくしに、アルベール様が苦笑しながら言います。
「いや、リチャード。ルシアン嬢の言う通りだ。この国では、ご夫人たちの影響力は大きい。女性たちを味方につければ、その夫たちも自然とこちらにつく。留学経験を持つルシアン嬢の考えは、実に見事だよ」
「……分かっている。理屈では、それが一番の近道だと理解はしている……」
リチャード様はなぜか寂しそうな声でそう呟き、渋々と了承してくださった。
こうして、王宮の舞踏会へ向けた準備が始まったのです。
リチャード様ならきっと社交界の主役になれますわ。
わたくしは胸を高鳴らせながら、ドレスの手配や情報収集の準備を進め、完璧な『円満な婚約解消』に向け、着々と動き出したのです。




