10話(疑惑)
翌日。
ランセル伯爵邸の応接間にはただならぬ空気が漂っていた。
伯爵、夫人、アルベール、リチャード、そしてルシアンの五人が一堂に会した。
リチャードの父が投資した船の沈没事件について話し合いを始めたからだ。
「確かに、私の方でも仲間うちからレイモンド伯爵の黒い噂は耳にしている。あの男の周辺は、どうにもきな臭い動きが多い」
伯爵の言葉に、リチャードの表情は険しくなる。
そしてその隣にいるルシアンがすっと手を挙げた。
「あの、お父様から『何か困ったことがあれば頼るように』と言われていた友人がおりますの。貿易商のカラクさんという方なのですが、この国でかなり手広く商売をなさっているそうです。何か事情を知らないか、聞きに行ってみてはいかがでしょうか」
ルシアンの提案により、リチャードとアルベール、そしてルシアン、ランセル伯爵夫妻の五人はすぐさまカラクの元へと向かうことになった。
目的地に到着すると、豪快な風貌の男、カラクが五人を出迎えた。
「初めまして。突然お邪魔して申し訳ありません。ルシアン・ノートルです」
「これはルシアン嬢! ノートル男爵にはいつも大変お世話になっております。覚えていらっしゃらないと思いますが、あなたがまだお小さい頃にお会いしているんですよ。それに近々娘が訪ねて行くと思うから宜しく頼むと、お父上から手紙が届いていたのです」
ルシアンは彼の親しげな言葉に笑顔を浮かべた。
「そうでしたか。それならば、突然ですがカラクさん、実は少々調べたいことがありまして。あ、その前にごめんなさい。まずは紹介が先ですわね。こちらは、アルベール・ダンフォート様。そしてランセル伯爵ご夫妻。お隣がビジネスパートナーのリチャード・ダッフル様です」
「……ダッフル?」
カラクの目が、驚きで見開かれた。
「ダッフル侯爵の嫡男様、ですか?」
「あ、ああ。リチャード・ダッフルだ。初めまして、カラク殿」
リチャードが不思議に思いながらも紳士的に会釈すると、カラクは腕を組み、「なるほど……」と独り言を言う。
(そういうことでしたか。あの男爵が、領地もない身だからと、死に物狂いで事業を成功させたのは、侯爵家と釣り合うようにするためだとずっと口にされていましたが、ついに……)
カラクの脳裏には、いつも鬼の形相で『必ずやのし上がる』と誓ったルシアンの父の姿が浮かぶ。
そんな彼の何かに思いを馳せている姿に気づいたリチャードは、内心で戸惑っていた。
(なぜルシアン嬢の父親の友人が、私の名を聞いてそんな顔をする? まるで、私の存在をずっと前から知っていたかのような……)
「あ、いや、なんでもないです。失礼しました!」
カラクは慌てて豪快に笑ってごまかすと、三人に向かって声を潜めた。
「実は、ルシアン嬢、お父上から、事前に『レイモンド伯爵の周辺を調べてくれ』と手紙で依頼されておりましてね。ちょうど先ほど、手始めの調査結果が届いたところなんですよ」
「お父様が……? やはりさすがだわ。いつだって先回りしてくださる」
ルシアンが驚きに目を瞬かせる。彼女の父はこの件についてやはり不審に思い、すでに裏で動いていたのだ。
カラクは机の上に資料を広げ、真剣な目つきになった。
「侯爵様が船に積んだという、大量の商品を買いつけた商会。まずはそこを調べました。本来なら、あれだけの大取引をした直後ですから、店の棚や倉庫はガラ空きになってなきゃおかしい。ですがね……まったく以前と変わっていないのですよ。普通にいつも通りの商品が揃っている。それほど大きな商会でもないのに、これは絶対に不自然です」
「なんだと……?」
リチャードの顔が、怒りの表情に変わる。
「さらに、その商会とレイモンド伯爵が裏で繋がっていることも突き止めました。……つまり、こういうことです。奴らは最初から、金だけ受け取って『荷物は積んでいなかった』可能性が極めて高い。最初から船を沈めて、事故に見せかける計画だったんでしょうな」
「なるほど……そういうことか!」
リチャードは点と点が繋がって線になるような衝撃に目を見開いた。
「どういうことだ、リチャード?」
アルベールが不思議そうに尋ねると、リチャードはさらに怒りの滲んだ顔で答えた。
「実は、我が家が投資した船が沈んだことは、まだ公には伏せていた段階だったんだ。……にもかかわらず、レイモンド伯爵から父に、奇妙な打診があった。『もし資金繰りに困ったら、港に面した部分の領地を担保に、金を融通します』とな」
その言葉に、アルベールがポンと手を叩く。
「あー、昨夜話していた、あの妙な提案のことか! 確かに、沈没を知らないはずの男がそんな話を先回りして持ってくるなんて、不自然だと怪しんでいたあのことだな」
「ああ」とリチャードは悔しそうに頷いた。
「最初から荷物を積まずに金を騙し取り、船を沈めて我が家を破産寸前に追い込む。そして、身動きが取れなくなった我が家から、担保として『港』を奪い取るつもりだったんだ……!」
すべての陰謀が白日の下に晒された。
二人がその卑劣な罠に憤る中、ルシアンの頭脳は、全く別の方向へと高速回転を始めていた。
(……レイモンド伯爵がそこまでして欲しがるということは、裏を返せば、あの男にとって、自分の領地の港より侯爵家の港の方が魅力的だということ。……ふふ、面白くなりそうですわ。ならば、リチャード様の港をもっと魅力的にして見せつけてあげましょう。そして侯爵家は、それを絶対に手放さないことをレイモンド伯爵に分からせなければ)
ルシアンは、隣で怒りに任せ拳を握りしめるリチャードの顔を見つめる。
(……その怒り、必ずわたくしが倍返ししてみせますわ。あとほんの少しだけお待ちくださいね)
そしてそれが叶ったその時こそ、リチャード様に『円満な婚約解消』をして差し上げるのよ。
ルシアンはそう心に誓いながら、得意の『ビジネススマイル』を浮かべた。
「皆様。レイモンド伯爵を今よりももっと、悔しがらせる素晴らしい『策』がありますわ。お聞きいただけますか?」
そう言って、彼女は常人では考えつかない奇策を当然のことのように披露するのだった。




