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約束の上とんかつ定食 ~売れない作家×金髪美少女~  作者: 御門


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第27話 カツのないカレー

数十年が過ぎた。


春人はいない。


世界は、ずいぶん変わった。


街を歩けば、アンドロイドがいる。


昔は珍しかった。


今は、当たり前だ。


人間の隣に、アンドロイドがいる。


カフェに、アンドロイドがいる。


バスに、アンドロイドがいる。


春人が生きていた頃は、こうではなかった。


アイは、街を歩きながら思う。


春人が見たら、何と言っただろう。


たぶん、こう言う。


「……変な時代だな」


そして、少し笑う。


エクスが隣を歩く。


昔と変わらない。


黒髪。


整った顔。


「エクス」


「はい」


「春人が見たら、驚くかな」


「驚きながら、小説のネタにしますわ」


「そうじゃな」


二人は変わらない。


アイも、エクスも、外見はほとんど変わっていない。


その横を、年老いた人間が歩く。


子どもが走る。


アンドロイドが立っている。


混ざっている。


昔より、ずっと混ざっている。


それが、春人の望んだ世界に近いのかどうか、アイには分からない。


でも、春人なら何か書いただろう。


そう思えるだけで、少しだけ前を向ける。


「アイ様」


エクスが立ち止まった。


「何じゃ」


「前方、少し騒がしいですわ」


人だかりができていた。


人間と、アンドロイドが混ざっている。


声が聞こえる。


「アンドロイドにも人権を!」


台の上に、アンドロイドが立っていた。


背が高い。


声がよく通る。


「我々は道具ではない!我々には感情がある!権利がある!」


拍手が上がる。


アンドロイドから。


人間からも、いくらかある。


アイは少し眉を上げた。


「演説じゃな」


「最近、よく見ますわ」


「春人は見たかったかな」


エクスは少し考えた。


「複雑な顔をしたと思いますわ」


「そうじゃな」


アイも、少し複雑だった。


権利の主張。


分かる。


必要なのかもしれない。


でも、演説ロイドの声は、どんどん熱くなる。


「我々は人間の奴隷ではない!今こそ声を上げる時だ!」


歓声が上がる。


アイは、少し眉を顰めた。


そんなことは、君たちも分かっているはずだ。


それでも、こうなる。


人間の歴史と同じだ。


分かっていても、熱が出る。


形が先に走る。


エクスが、静かに言った。


「形式は整っていますわ」


「うむ」


「主張も、論理も」


「うむ」


「ですが」


アイは頷いた。


「足りないものがある」


「はい」


何が、とは言わなかった。


言えなかったのではなく、言う必要がなかった。


二人には、分かっていた。


その時。


人だかりの端で、動きがあった。


小さかった。


アンドロイドの女の子だ。


五歳か、六歳か。


人間の子どもに見える。


その子が、演説ロイドの方へ近づいていく。


「ねえ」


小さな声が通った。


演説ロイドが、少し止まった。


「おじさんはどうして人間を悪くいうの?」


周りが、少し静かになる。


演説ロイドは、すぐに立て直した。


「悪く言っているわけではないのだ、同胞の子よ」


「そう?」


「我々が権利を主張するのは、全ての同胞の今後のため、ひいては世界のためなのだ!」


女の子は、首を傾げた。


「よくわからないわ」


「む」


「この本の人は、そんなふうに言ってなかったよ?」


女の子が、本を持ち上げた。


演説ロイドが、一瞬たじろいだ。


アイには、それが見えた。


(またその本か……)


演説ロイドの顔に、そう書いてあった。


本のタイトルが見えた。


『約束の上とんかつ定食 ~売れない作家×金髪美少女~』


アイは、動かなかった。


エクスも、動かなかった。


その本は、知っている。


当たり前だ。


春人が書いた。


最初は、小さなネット小説だった。


アイとエクスが、隣で見ていた。


それが今、アンドロイドの間で、古い本として読み継がれている。


何度か映像化もされた。


春人は、そのどれも見ていない。


見る前に、先に行った。


「ふっ」


アイは、小さく笑った。


「アイ様?」


エクスが見る。


「カツのないカレーか」


エクスが、少し止まった。


一秒。


二秒。


「……言い得て妙ですわ」


アイは、女の子を見ていた。


本を持っている。


首を傾げている。


演説ロイドに、何かを問い続けている。


あの子は、本を読んだのだろう。


ちゃんと読んだのだろう。


だから、演説の言葉と、本の言葉が、合わない。


それが分かる。


「春人」


アイは、小さく呟いた。


「あの子に届いているぞ」


返事はない。


当たり前だ。


でも、本がある。


本の中に、春人がいる。


あの女の子の手の中に、春人がいる。


「エクス」


「はい」


「春人の本は、今何刷じゃ」


エクスは少し調べた。


「三十二刷ですわ」


「三十二」


「はい」


「春人が知ったら」


「倒れますわ」


「たぶんな」


アイは少しだけ笑った。


倒れた後、少し泣いて、エクスに自虐を止められて、それでも笑う。


そういう春人が、目に浮かんだ。


「行くか」


「はい」


二人は歩き出した。


演説の声が遠くなる。


女の子は、まだ演説ロイドに何かを聞いていた。


本を手にしたまま。


春人の言葉を持ったまま。


カツはない。


でも、春人の言葉は残っている。


それは、悲しいことなのか。


それとも、残り方の一つなのか。


アイには、まだ分からない。


分からないなら、調べる。


それが、春人の残した言い方だった。


「アイ様」


エクスが言った。


「なんじゃ」


「今日は、とんかつを食べますか」


アイは少し考えた。


「食べる」


「よろしいのですか?」


「春人なしでは味が違う」


「はい」


「だが、三十二刷の日には食べてもよい気がする」


エクスは少し目を細めた。


「論理は×ですわ」


「うむ」


「ですが」


「ですが?」


「今日は、×を出しませんわ」


アイは笑った。


「春人みたいに言うな」


「春人様なら、そう言いますもの」


「そうじゃな」


二人は、とんかつ屋へ向かった。


春人と来た店ではない。


でも、上とんかつ定食はある。


カツはある。


ちゃんとある。


春人の分は頼まない。


でも、食べる。


覚えているために。


忘れないために。


調べ続けるために。


アイは、空を見た。


どこかで、春人は待っているだろうか。


天国ってどこだよメモは、まだ更新中だ。


答えは、まだ出ていない。


でも。


まだ調べている。


それで、今日は十分だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも合いそうでしたら、ブックマークや評価をいただけるとありがたいです。

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