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第8話:街の収穫祭と、アスカの露店(?)経営術

【舞台:エルム中央広場・収穫祭会場】


 エルムの街は、年に一度の収穫祭に沸き立っていた。広場には色とりどりの旗がたなびき、屋台からは香ばしい肉の焼ける匂いや、甘い果実の香りが漂っている。

 そんな喧騒の片隅で、死んだ魚のような目をして丸椅子に座っているアスカ。


「……最悪。マナの密度より人の密度の方が高いなんて、この空間は計算ミスとしか思えないわ。シュシュ、今すぐここを不可視ステルスモードにして」


「無理ですニャ、アスカ様! ミーナ様に『絶対に来て!』と泣きつかれたのはアスカ様自身ですニャ。さあ、店主らしく働いてくださいニャ!」


 アスカの膝の上で、シュシュが祭りのハチマキ(猫用)を巻いて発破をかける。

 二人が手伝わされているのは、ミーナの家が出している「特製リンゴ飴」の露店だった。しかし、慣れない手つきのミーナの両親のせいで、行列は遅々として進まず、客からは不満の声が上がり始めている。


「あわわ、お姉ちゃん! 飴が固まらないし、火加減も難しいよー!」


 ミーナが半泣きで駆け寄ってくる。アスカは深く溜息をつき、黒髪を耳にかけた。


「……ミーナ。あなたの家のオペレーションは、原始時代の狩猟採集より非効率よ。……どいて。私がこの露店のOSを書き換えてあげるわ」


「えっ、お姉ちゃんがやってくれるの!?」


 アスカは立ち上がると、露店の厨房スペースを一瞥した。


「……シュシュ、並列演算を開始。……熱源の固定、糖分の結晶化速度の最適化。……ついでに、客の注文を音声認識して自動でパッキングする術式を組むわ。……『事象定義:究極のリンゴ飴製造ライン』、実行ラン


 アスカが指先をピアノでも弾くように空中で動かす。 次の瞬間、露店の中が「静かな戦場」へと変貌した。

 火を使わず、魔法的熱量によって一瞬で最適な温度に熱せられる飴液。リンゴが宙を舞い、寸分の狂いもなく飴でコーティングされ、冷却の魔法を浴びて一瞬で輝くようなクリスタル状に固まる。


「お、おい! この店、急に回転が速くなったぞ!?」


「っていうか、このリンゴ飴、宝石みたいに綺麗だ……!」


「……次の方。……注文は? シナモン? はい、0.5秒。……次。……効率的に並んで。私の計算式を乱さないで」


 アスカは無表情のまま、飛んでくるリンゴを指先一つでさばき、次々と客に手渡していく。その動きはもはや職人芸を超え、精密機械のそれだった。


「アスカ様、行列が三倍に膨れ上がりましたニャ! 街中の人間がこの店に集結していますニャ!」


「……逆効果ね。効率を上げれば早く帰れると思ったのに、需要が供給の最適化に追いついてくるなんて……。市場原理って本当にタイパが悪いわ」


 ―― 数時間後。


 ミーナの家のリンゴ飴は完売。 広場には、アスカが作った「完璧なリンゴ飴」を頬張り、幸せそうに笑う人々で溢れかえっていた。

 祭りの喧騒が少し落ち着いた夕暮れ時。 アスカは広場のベンチに座り、一本だけ残ったリンゴ飴をぼんやりと見つめていた。


「お姉ちゃん! お疲れ様! 記録的な売り上げだって、お父さんもお母さんもびっくりしてたよ! はい、これ、お姉ちゃんの分のご褒美!」


 ミーナが差し出したのは、飴が少し形崩れした、不恰好なリンゴ飴だった。


「……何、これ。私が作ったものより、結晶構造が不均一で、甘みにもムラがあるわ。……失敗作じゃない」


「えへへ、それは私が作ったんだもん! お姉ちゃんに、どうしても食べてほしくて」


 アスカは毒づきながらも、その不恰好な一本を受け取った。 口に含むと、魔法で作った「完璧」なものとは違う、どこか不器用な、けれど温かい甘さが広がった。


「…………。……シュシュ。この飴、糖分の結合が甘いわね。……でも、私の計算機には出せない、変な数値が出てるわ」


「それは『愛情』という名の、最も非効率で強力なバグですニャ、アスカ様」


「……バグなら、デリートしなきゃいけないのに」


 アスカはそう言いながら、もう一口、大切そうに飴を齧った。 賑やかな祭りの囃子はやしが遠くに聞こえる中、黒髪の賢者は、夕焼けに染まる広場で、計算不可能な幸せを静かに噛み締めていた。


 祭りの明かりが灯り始める。 アスカの瞳には、さっきまで嫌っていたはずの賑やかな街の景色が、少しだけ鮮やかに映っていた。


お読みいただきありがとうございます! 本日10話まで一挙公開予定です。

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