第7話:魔導学院の落ちこぼれと、アスカの家庭教師(?)日記
【舞台:古本屋『VOID』・店内】
ある日の午後、古本屋『VOID』の重い扉を、おずおずと叩く音がした。 入ってきたのは、ぶかぶかの魔導学院の制服を着た少年、テオだった。彼は涙目で、ボロボロになった魔導書を抱えている。
「あ、あの……ここなら、どんな難しい本でも教えてくれるって、隣のミーナちゃんに聞いて……」
「……ミーナ、余計な顧客を誘導しないでって言ったはずなんだけど。……シュシュ、この子のマナの波形、ひどいノイズだわ。見てるだけで処理速度が落ちそう」
アスカはカウンターで、分厚い古書を片手に気だるそうに顔を上げた。
「アスカ様、この少年、魔力回路がスパゲッティのように絡まっていますニャ。学院で『万年落ちこぼれ』と呼ばれている香りがプンプンしますニャ」
シュシュがカウンターの上で鼻をひくつかせ、冷ややかに批評する。
「ううっ……その通りです。僕、基本の『着火魔法』すら三回に一回しか成功しなくて。来週の試験に落ちたら退学なんです。お願いします、魔法を教えてください!」
テオが床に頭をこすりつける勢いで懇願する。アスカは深く溜息をつき、美しい黒髪を指でいじった。
「……教える? 私が? 非効率の極みね。……でも、あなたのその『バグだらけの術式』を放置して、店内で泣かれるのも時間の無駄だわ。……いいわ、一分だけ時間をあげる。そこで魔法を使ってみて。デバッグしてあげるから」
「えっ、本当!? ……いきます! 『大いなる精霊よ、我が命に応え、熱き息吹を――』」
「ストップ。強制終了」
アスカが指をパチンと鳴らす。テオの口が凍りついたように止まった。
「……何、その冗談みたいな長さの詠唱。呪文を唱えている間にコーヒーが淹れられるわ。……テオ、魔法は『お願い』じゃないの。世界というシステムへの『コマンド入力』よ。あなたの入力は冗長すぎて、実行する前にメモリがパンクしてるわ」
「で、でも、教科書にはそう書けって……」
「……教科書が間違ってるのよ。……シュシュ、例の『初心者用・簡略化パッチ』をこの子の脳内に転送していいかしら?」
「アスカ様、それは教育ではなく『改造』ですニャ。……まあ、面白いからいいですニャ!」
アスカはカウンター越しに身を乗り出し、テオの額に指先を添えた。白く細い指先から、白銀の数式がテオの意識に流れ込む。
「いい、テオ。火を出したいなら、原子の振動率を直接書き換えなさい。……今、あなたの脳内に最短のショートカットコードを書き込んだわ。……余計な精神統一はゴミ箱に捨てて。……実行」
「え……ええと……。……『発火』」
テオが小さく呟き、指を鳴らす。
ゴォォォォォッ!!
次の瞬間、店内の空気を一変させるほどの、完璧な純度の火柱が立ち上がった。
「うわぁぁぁ!? なにこれ、僕がやったの!? 詠唱してないのに!」
「……火力が強すぎるわ、バカ。床が焦げるでしょうが。……出力を0.02%まで下げて。……そう、それくらい」
アスカは平然と火柱を指先で消した。テオは自分の手を見つめ、ガタガタと震えている。
「す、すごい……! 今まで三十分かかっていたことが、一瞬で……! お姉ちゃん、あなた一体何者なんですか!?」
「……ただの古本屋よ。……さあ、最適化は終わったわ。早く帰りなさい。……それと、学院の先生に『誰に教わった』なんて言わないで。そんな無駄なログが残るのは、私の美学に反するから」
「はい! ありがとうございます!」
テオはまるで別人になったような自信に満ちた顔で、店を飛び出していった。
一週間後。
「アスカ様、大変ですニャ。あの落ちこぼれ少年、試験で『伝説級の無詠唱魔法』を披露して、学院中の教授たちが腰を抜かしたそうですニャ。今、街中で『黒髪の聖女』の家庭教師を探して血眼になっていますニャ」
シュシュが窓の外を見ながら、愉快そうに報告する。
「……最悪。……やっぱり、教育なんて非効率なことするんじゃなかったわ。……シュシュ、店の看板を『VOID』から『空き家』に書き換えておいて。……あ、でもミーナの持ってくる新作お菓子の分だけは、受け取り口を開けておくのを忘れないで」
アスカは黒髪をかき上げ、再び深い眠りにつこうとカウンターに突っ伏した。 最強の賢者が気まぐれに与えた「一分間の授業」が、後に一人の大魔導師を生むことになるのだが、本人は「明日のアップルパイの焼き時間」のことしか考えていなかった。
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