第6話:勇者レオン、ついにエルムへ
【舞台:古本屋『VOID』・店内から店先】
春の陽光が穏やかに降り注ぐ、平穏すぎる午後。 アスカはカウンターで、使い魔のシュシュを膝に乗せ、まどろんでいた。店内に流れるのは、古いページがめくれる微かな音と、シュシュの規則正しい寝息だけ。
だが、その静寂は、地響きのような騒がしい足音と、あまりにも「陽」の気が強すぎる声によって打ち砕かれた。
「アスカ――ッ! どこだアスカ! 隠れていないで出てきてくれ!」
ドォォォォォン!
古びた扉が、蝶番が悲鳴を上げるほどの勢いで開け放たれる。 そこに立っていたのは、眩いばかりの金髪を輝かせ、背中に巨大な聖剣を背負った男――かつてアスカと共に世界を救った勇者、レオンであった。
「アスカ様、最悪ですニャ……。歩く騒音公害、筋肉だるまのレオン様が襲来しましたニャ。安眠が、ボクの貴重な安眠がデリートされましたニャ……」
シュシュがアスカの膝の上で毛を逆立てて憤慨する。アスカは本から顔を上げることすら億劫そうに、深く溜息をついた。
「……シュシュ。この店の入り口に『勇者、聖騎士、および暑苦しい正義感の持ち主は出入り禁止』って書いた結界を張っておかなかった私のミスね。……脳内のストレス指数が急上昇してるわ」
「アスカ! 無事だったのか! 王都のゼノンが君に追い返されたと聞いて、居ても立ってもいられず――」
レオンが大股でカウンターへ詰め寄る。その熱気に、アスカは椅子を後ろに引いて物理的な距離を取った。
「……レオン。声のボリュームを20デシベル下げて。それと、私の視界からそのキラキラした金髪をどけて。光学的ノイズがひどすぎるわ。……で、何の用? 魔王ならもういないわよ。私が消したから」
「そんなことではない! 君のような天才が、なぜこんな辺境で埋もれているんだ! 世界はまだ混乱の渦中にある。君の知恵が、君の魔法が必要なんだ。さあ、私と一緒に――」
「お断り。0.1秒で却下。……レオン、あなた相変わらず『タイパ』という概念がないのね。私が世界を救ったのは、こういう『面倒な勧誘』から解放されるための先行投資だったのよ。今さら回収に来るなんて、契約違反だわ」
「契約!? 私たちは仲間じゃないか! 共に死線を潜り抜けた――」
「それは過去のログ。今の私は、古本屋の店主。あなたのその暑苦しい勇者業に付き合う義理はないわ。……シュシュ、彼を外へ転送して。座標は適当に、どこか北極あたりに」
「承知しましたニャ、アスカ様! 座標固定……」
「待ってくれ! アスカ、せめて話だけでも――」
その時、**「おねえちゃーん!」**という元気な声と共に、隣のミーナが店に飛び込んできた。
「あ、アスカお姉ちゃん! 今日ね、お母さんが美味しいお芋を――わあ、かっこいいお兄ちゃん!」
ミーナがレオンを見上げて目を輝かせる。レオンは一瞬で「勇者の顔」に戻り、爽やかな笑みを浮かべて跪いた。
「お嬢さん、こんにちは。私は勇者のレオンだ。君はこの店のご近所かな?」
「勇者様!? 本物!? すごーい! お姉ちゃん、お姉ちゃんのお友達?」
アスカは眉間を押さえ、限界まで低めた声で呟いた。
「……友達じゃないわ。ただの、消去し忘れたバグよ」
「アスカ、君……この子には最強の賢者であることを隠しているのか?」
レオンが小声で問い詰める。アスカは冷ややかな黒い瞳で彼を射抜いた。
「……隠しているんじゃないわ。『最適化』しているの。この子にとって、私は賢者である必要がない。……ただの、お菓子を食べる近所のお姉さんで十分なの。それが、この街の平和というシステムの仕様よ」
アスカはカウンターから立ち上がると、黒髪をさらりとかき上げ、レオンの胸元に指先を突きつけた。
「レオン。あなたの正義感は、ここではただの『非効率なノイズ』なの。……もしこれ以上、私の日常をかき乱すなら、あなたの聖剣の攻撃力を0.01に書き換えて、ただの『重い鉄棒』にしてあげるわ。……わかったら、帰りなさい」
レオンはアスカの瞳に宿る本気の「拒絶」、そしてその奥にある「現在の生活への執着」を感じ取り、肩を落とした。
「……わかった。今日は引き上げよう。だがアスカ、私は諦めないぞ。君の力が本当に必要になった時、私はまたここに来る」
「……その時は、店ごと異次元に引っ越すわ。……シュシュ、お見送りして」
「ニャー! さっさと帰るですニャ、騒音勇者様!」
レオンが寂しげに、しかし力強く去っていくのを見送り、店内に再び静寂が戻る。
「……ふう。……ミーナ、お芋、もらえる?」
「あ、うん! お姉ちゃん、あのお兄ちゃん、本当にお友達じゃないの? かっこよかったのに」
「……かっこいいだけじゃ、世界は救えても、美味しいお芋は焼けないわ。……さて、シュシュ。今の騒動で消費したカロリーを補給するために、さっさとそのお芋を最適化して食べましょう」
アスカは、ミーナが持ってきたお芋を受け取り、窓の外を眺めた。 勇者が去った後の街道は、夕暮れに染まり、いつも通りの退屈で愛おしい風景に戻っていた。
「……全く。勇者なんて、効率の悪い生き物ね」
アスカは小さく毒づきながらも、お芋の温かさをその手に感じ、穏やかに目を閉じた。最強の賢者は、今日もまた、自らの意志で「何者でもない自分」を選び取っていた。
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