第85話:アスカの「非論理」的な咆哮
静まり返った古本屋『VOID』の店内に、月光が虚しく差し込んでいた。床にはオーブンが引き剥がされた無残な穴が開き、テオとミーナが連れ去られた衝撃で散らばった古書の頁が、風もないのに震えている。
アスカは、二人が消えた空間の中央に立ち尽くしていた。その姿は、彫像のように動かない。
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【舞台:古本屋『VOID』 ―― 崩壊した店内】
「アスカ……」
リサが震える声でその名を呼んだ。だが、アスカからの返答はない。 彼女の纏う純白のドレスが、バチバチと不気味な青白い放電を繰り返している。それは、主の意志を離れて暴走し始めた膨大な魔力の脈動だった。
「リサ様、離れるんですニャ! 今のアスカ様は、何かに……繋がろうとしていますニャ!」
シュシュが鋭い鳴き声を上げ、リサの服の裾を引く。
ゼノスは、壊されたカウンターの影で、自分が淹れるはずだった茶葉が床に散っているのを見つめていた。その瞳には、冷徹な皇帝の顔と、深い喪失感を抱えた一人の執事の顔が混在している。
「……ゼノス。演算を開始するわ」
唐突に、アスカが口を開いた。その声は、感情を排した機械のようでありながら、地底から響く地鳴りのような響きを持っていた。
「私の知覚、私の脳、私の全魔力を、このエルムの地脈へと直結させる。……奴らが残した転移の『塵』を、一粒残らず拾い上げる」
「待ちなさい、アスカ! そんなことをすれば、あんたの意識がマナの奔流に飲み込まれて戻れなくなるわよ!」
リサが悲鳴のような声を上げるが、アスカは止まらない。
「論理的な忠告ね。でも、棄却するわ。……私の日常に土足で踏み込み、テオとミーナを拉致し、私たちの絆を『鎖』で縛ろうとした。……その不当な数式を維持させる一秒一秒が、私には耐え難い『ノイズ』なのよ!」
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【全感覚の解放 ―― 世界の走査】
アスカが両手を広げた瞬間、彼女の黒髪が重力を無視して舞い上がった。白のドレスから眩いばかりの光の帯が走り、店内の壁や床に複雑な幾何学模様を刻み込んでいく。
「五感、リミッター解除。……聴覚、超周波域まで拡張。視覚、因果の糸を補足。魔力知覚、帝都全域を走査範囲に設定」
アスカの瞳から色が消え、透明な蒼い輝きが溢れ出した。彼女の脳内では、今この瞬間にエルムから帝都へと続く、あらゆる魔力の残滓が数式へと変換されていた。
「……見つけた。座標、帝都北緯43度。帝国城塞、地下五層――隔離研究室。テオの脈拍、110。ミーナの体温、35.8度。……二人とも、まだ『機能』しているわ」
「アスカ、本当か!? 二人の居場所が分かったのか!」
ゼノスが身を乗り出す。
「ええ。……でも、それだけじゃない。奴ら、オーブンにあなたのマナを流し込み始めた。……ゼノス、あなたを玉座へ引き戻すための『呪縛』が、今この瞬間も編まれているわ」
アスカが地を蹴るように一歩踏み出すと、壊れた床が粉々に砕け散った。
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【非論理的な決意】
「リサ、シュシュ、ゼノス。……ついてきなさい。馬車も、勇者の助力も必要ない」
アスカは空中に指を走らせ、空間そのものを無理やり抉じ開けるような巨大な魔法陣を瞬時に構築した。本来、数時間かけて儀式を行うべき高位の転移門が、彼女の一念だけで形を成していく。
「アスカ、あんた本気なの? そんな強引な転移、魔力消費が……」
「問題ないわ。私の怒り(マナ)は、帝都を更地にするまで枯渇することはないから」
アスカは、店に残されたミーナの小さな靴を一瞥した。その瞬間、彼女の口から言葉にならない、しかし誰の耳にも届くほどの激しい「咆哮」が魔力の奔流となって放たれた。
「――帝国という『バグ』を、今ここでデバッグしてあげる!!」
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【ラストシーン】
アスカを中心に、VOIDの店内に巨大な光の柱が立ち昇った。 それは救いの光ではなく、すべてを破壊し、奪還せんとするアスカの怒りの砲火だった。
光が収まったとき、そこには誰もいなかった。 あるのは、ただ風に揺れる古書の残骸と、主を失った店内に響く、余韻のような魔力の軋み。
数秒後。帝都の夜空に、予兆もなく青白い巨大な魔法陣が出現した。 城塞を見下ろす上空に、純白のドレスを翻し、氷のような瞳をしたアスカが、仲間たちと共に音もなく降り立つ。
「……チェックメイトよ、帝国。……私の日常を返してもらうわ」
アスカの背後で、夜空を埋め尽くすほどの魔弾が展開され、帝都の眠りを無慈悲に引き裂こうとしていた。




