第84話:賢者のオーブン強奪計画
エルムの空が、不気味な紫色の魔導光に塗り潰された。 古本屋『VOID』を包囲したのは、ファビアン直属の「鉄血騎士団」。彼らが展開した結界により、周囲の大気は凝固したように重苦しく、呼吸することさえ困難な圧迫感に満ちていた。
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【舞台:古本屋『VOID』 ―― 侵攻】
「……標的を確認。賢者のオーブン、および適合者アスカ。これより『玉座への回帰』を強制執行する」
騎士団長の声が、拡声術式によって冷酷に響き渡る。 彼らの狙いは、オーブンを「檻」に変えることだった。このオーブンは、アスカの精密な魔力制御とゼノスの強大なマナが交差する、いわば二人の**「魂の接点」**。帝国はこれに、ゼノスの魔力波長を固定する『呪縛の術式』を組み込み、彼を永遠に皇帝という役割に縛り付けるための「魔導的な玉座」へと作り変えようとしていた。
「渡さないわ。あれはゼノスがこの店で、一人の『執事』として生きるための証……。それを奪うことは、彼の人間としての意志を殺すことと同じよ!」
アスカは黒髪を払い、アスカの周囲を激しく発光させる。 リサは「ふざけないでよ!」と紅蓮の炎を杖に宿したが、ゼノスが冷徹な瞳で一歩前に出た。
「おやおや。私の『接客の喜び』を、軍事的な論理で塗り潰そうというのか。……ファビアン、君は私がこの店で淹れる紅茶が、どれほど民を笑顔にしているか、一度も考えたことはないようだな」
ゼノスの声には、かつてないほどの静かな怒りが宿っていた。
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【卑劣な人質と、剥奪される日常】
だが、騎士団は正面からの衝突を避けた。
「シュシュ! ミーナとテオを奥へ!」
アスカの指示で、シュシュが二人を促す。
「ボクの影へ!」
その時、店の天井が空間転移によって爆発し、天井から降り注いだ空間凍結弾が、逃げ遅れたミーナとテオを瞬時に捕らえた。
「ああっ!」
「離せっ、この……っ!」
「陛下、お分かりか。あなたが『執事』などという遊戯に興じている間に、この子供たちの時間は止まり、やがて消える」
騎士団長が冷酷に告げる。同時に、巨大な魔導クレーンが、床ごと「賢者のオーブン」を引き剥がし始めた。 オーブンがなくなることは、ゼノスがこの店でお菓子を焼き、人々と触れ合う「喜び」の手段を失うことを意味していた。帝国は、彼から『一人の人間としての温もり』を根こそぎ奪おうとしていたのだ。
「……陛下。オーブンは帝都へ運び、あなたのマナを吸い上げる『真の玉座』へと再編します。もはや、この安っぽい古本屋にあなたの居場所はありません」
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【断絶と、消えゆく光】
「……アスカ、すまない。……二人を死なせるわけにはいかない」
ゼノスが、悔しさに拳を血が滲むほど握りしめた。
アスカは無言で、オーブンの防護術式を解いた。 二人の絆の結晶が、無慈悲に宙へ吊り上げられる。
「お姉ちゃああああん!!」
「アスカさん……っ!」
泣き叫ぶ二人とオーブンが、巨大な転移門の向こう側へと吸い込まれていく。その直前、騎士団長は門の奥からゼノスへ向けて冷たく言い放った。
「陛下。帝都でお待ちしております。……この子供たちを生かしたくば、自らその足を玉座へお戻りください」
眩い光と共に、騎士団、人質、そしてオーブンは、影一つ残さず消失した。
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【ラストシーン】
後に残されたのは、かつてオーブンがあった場所にぽっかりと空いた穴と、静まり返った店内の廃墟だけだった。
「……あ、ああ……」
リサが膝をつき、杖を落とした。シュシュは悔しさに、引き剥がされた床の跡を何度も引っ掻いている。
アスカは、二人の温もりが消えた空間をじっと見つめていた。 彼女の白のドレスから、温度の低い、しかし全てを灰にするほど純粋な青白い魔力が溢れ出す。
「……ゼノス。あなたの部下たちは、致命的なエラーを犯した」
アスカの声は、深淵の氷が軋むような音を立てていた。
「……私の店を壊しただけではなく、私の大切な友人と隣人を道具にし、あなたの『喜び』を奪い、私たちの絆を『鎖』に変えた。……この不当な演算結果、私が認めると思う?」
アスカがゆっくりと顔を上げる。その瞳には、もはや論理的な静寂などなかった。計算機としての冷徹さを突き抜け、家族を奪還しようとする「魔女」の焔が燃え盛っていた。
「……リサ、シュシュ。……そして『皇帝』。……帝都へ乗り込むわよ。ターゲットは、帝国の心臓部――玉座の間。……私の設計した日常を壊した代償、その歴史ごとデリート(消去)してあげる」
アスカの放つ禍々しいまでの魔圧が、壊れた店全体を震わせ、エルムの夜を震撼させた。 すべてを奪われた「賢者」の、非論理的な逆襲が、今ここから始まる。




