第83話:侵食されるエルム ―― 魔導経済の罠
レオンとカイルが発ってから数日。エルムの街並みは、一見するとかつてないほどの活気に満ち溢れていた。だがその活気は、どこか熱病に浮かされたような、不自然な光を放っていた。
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【舞台:エルムの商店街 〜 古本屋『VOID』店内】
「ねえ、お姉ちゃん見て! この魔導コンロ、帝国の新しいやつなんだけど、魔石がいらないんだって! 街のどこにいても火がつくの、凄くない?」
ミーナが目を輝かせ、小さな金属製のプレートをアスカに見せた。アスカは黒髪を指先で弄りながら、そのプレートから放たれる微かな「音」に耳を澄ませる。
「……ミーナ。そのコンロ、一度も『給電』していないのに、なぜ火が灯り続けるか考えたことはあるかしら?」
「え? えーっと、帝国のすごい技術……じゃないの?」
「いいえ。それは『供給』ではなく『簒奪』よ」
アスカが冷徹に告げると、カウンターで古書の目録を作っていたテオが、不安そうに顔を上げた。
「アスカさん、僕の家でも父様が帝国の魔導ランプを大量に買ってきたんです。『燃料代が浮くから、浮いた分で新しい本を買えるぞ』って喜んでましたけど……。最近、街全体の空気が妙に重苦しい気がするんです」
「テオ君、それは気のせいじゃないわよ。この街の『魔力密度』が、異常な速さで低下しているわ」
奥から現れたリサが、手にした魔力測定器をテーブルに置いた。指針は激しく震え、臨界点に近い数値を指している。
「帝国が安価でバラ撒いたこれらの道具は、すべて『中継器』なのよ。街の地脈から魔力を吸い上げ、別の場所へと転送している。……アスカ、これって」
「ええ。エルムの街全体を、一つの巨大な『魔法陣』に作り変えている。住民たちが便利だと喜んで使うたびに、街の防衛結界の基盤が削られ、帝国のためのエネルギーへと変換されているわ。……極めて合理的で、悪質な侵食ね」
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【ゼノスの懸念と、シュシュの報告】
そこへ、市場へ買い出しに出ていたゼノスが戻ってきた。彼の金色の瞳には、いつもの不遜な余裕ではなく、明確な不快感が混ざっている。
「おやおや。街の広場には、帝国の紋章を刻んだ巨大な『記念碑』が建ちましたよ。ファビアンの奴め、露骨な真似を。……あれがこの巨大な簒奪回路の『中心点』でしょうな」
「アスカ様、大変ですニャ!」
足元から影が伸び、シュシュが飛び出してきた。彼の毛並みは逆立ち、瞳が緊張に震えている。
「街の境界線に、帝国の『鉄血騎士団』が集結していますニャ! それだけじゃない……。街の人たちが、みんな何かに魅入られたみたいに、あの記念碑に向かって歩いているんですニャ!」
「……っ、ついに発動フェーズに入ったのね。利便性という餌で街を毒し、抵抗する気力を奪う。……ファビアン、あなたの正義は、支配という名の隷属に過ぎないわ」
アスカは白のドレスの裾を翻し、店の奥に鎮座する「賢者のオーブン」へと手をかざした。オーブンは地脈の枯渇を感じ取ったのか、警告のような低い唸りを上げている。
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【ラストシーン】
「リサ、ゼノス。防衛プロトコルを最終段階へ。……この店だけは、何があっても死守するわ。ここは、私たちの『定数』が詰まった場所だから」
アスカの声が響くと同時に、窓の外でエルムの街を包む空が、不気味な紫色に染まった。 街中に溢れた帝国製の魔導具が一斉に脈動を始め、住民たちの意識を、思考を、そして街の誇りを吸い上げていく。
「お姉ちゃん……怖いよ……」
ミーナがアスカの袖を掴む。アスカはその小さな手を、無機質な中にも確かな温度を込めて握り返した。
「大丈夫よ、ミーナ。……私の計算式に、あなたの涙という変数は含まれていない」
窓の外、巨大な記念碑の頂上から、一条の闇の光が天を貫いた。 それは、平和なエルムの終焉を告げる、帝国の冷徹な「支配」の咆哮だった。




