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第80話:招かれざる「公務」の使者・ファビアン

 エルムの街の石畳が、冷徹な銀色の光に浸食されていく。空間を裂いて現れたのは、帝国の儀礼用魔導鎧に身を包んだ精鋭騎士たち。その中心に、一人の男が立っていた。

 若くして帝国の政務を司る宰相代理、ファビアン。彼は冷徹な眼鏡の奥の瞳で、古本屋『VOID』の古びた看板を忌々しげに睨みつけていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:古本屋『VOID』前 ―― エルムの街路】


 店から一歩踏み出したアスカの姿に、周囲の空気が凍りついた。 彼女が纏っているのは、純白のドレス。それは単なる服ではなく、幾層もの防御式と増幅式が織り込まれた**「最強の法衣」**だ。ドレスの裾が揺れるたび、微かな魔力の粒子が雪のように舞い落ちる。


「……計算外の訪問者ね。帝国の宰相代理ともあろう方が、野蛮な空間転移で街の景観を乱すなんて」


 アスカが冷ややかに告げると、ファビアンは一歩前へ出た。彼は手に持った指揮杖を地面に突き立てる。


「景観だと? 笑わせるな。我が帝国の至宝――ゼノス陛下をこのような薄汚れた街に留め置き、あまつさえ『執事』などという屈辱的な役割を強いている不届き者は貴様か、アスカ」


 ファビアンの声には、隠しきれない憎悪が混じっていた。


「陛下は帝国の心臓だ。その心臓を盗み出し、私物化している貴様の罪は万死に値する。今すぐ陛下を解放し、その身を帝国へ差し出せ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舌戦と、静かなる魔力戦】


 店の中から、リサが身構えながら声を上げる。


「ちょっと! ゼノスがあんたたちのところへ帰りたくないって言ってるのよ。それを誘拐扱いにするなんて、論理が飛躍しすぎじゃない?」


「黙れ、三流魔導師。……貴様らのようなノイズが陛下の耳元で囁くから、陛下は正道を誤られたのだ」


 ファビアンの言葉に、アスカは黒髪を凛と揺らし、無機質な瞳で彼を射抜いた。


「論理の欠如ね、ファビアン。ゼノスがここに留まっているのは、彼自身の意志という変数が導き出した結果。私の拘束力は存在しない。……それに、皇帝を『部品』としてしか見ていないあなたたちこそ、彼の存在を否定しているわ」


「黙れ! 詭弁を弄するな!」


 ファビアンが指揮杖を振るうと、周囲の騎士たちが一斉に抜剣した。同時に、彼らが展開した「魔力捕縛陣」がアスカを包囲する。大気が重く圧し掛かり、常人なら呼吸すら困難な高密度の重圧が生まれる。

 しかし、アスカの白のドレスが淡く発光した。


「……出力不足。その程度の術式で、私の計算を阻害できると思っているの?」


 アスカが指先で空中に小さな円を描くと、捕縛陣の魔力がまるで水が引くように彼女の指先へと吸い込まれていく。ドレスの文様が青白く輝き、吸収した魔力を即座に「反発」の力へと変換した。


「なっ……我が帝国の最新術式を、無詠唱で『解体』したというのか!?」


「いいえ。解体ではなく、最適化したのよ。……あなたの魔力、少し乱暴すぎるわ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ゼノスの登場】


 一触即発の空気が流れる中、店の扉が静かに開いた。 そこから現れたのは、いつも通りの完璧な燕尾服を纏い、片手にティーカップを持ったゼノスだった。


「おやおや。ファビアン、君の沸点の低さは相変わらずだね。私の淹れた紅茶でも飲んで、少し頭を冷やしたらどうだい?」


「ゼノス陛下……!」


 ファビアンが膝をつき、声を震わせる。


「陛下、何というお姿を……! 卑しき執事の真似事など今すぐお止めください! 帝国は、民は、陛下を待っております!」


「断るよ。今の私はアスカの執事だ。君が彼女に無礼を働くというのなら、私は帝国ではなく、この『VOID』の騎士として振る舞わなければならなくなる」

 ゼノスの瞳が、皇帝としての冷徹な輝きを帯びる。ファビアンは屈辱に満ちた唇を噛みしめ、アスカを睨みつけた。


「……認めない。陛下を惑わすこの魔女だけは、決して。……アスカ、今日は退こう。だが、これは宣戦布告だ。帝国は手段を選ばない。貴様が大切にしているこの『日常』とやらを、一つ残らず瓦礫に変えてやる」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 ファビアンが再び杖を振るうと、銀色の騎士たちは光の渦に包まれ、霧散するように姿を消した。

 静寂が戻ったエルムの通り。アスカの白のドレスは、変わらぬ純白のまま輝いている。 しかし、アスカは自分の指先が、微かに熱を帯びていることに気づいていた。


「……不確定要素が増大している。ゼノス、あなたの部下は、私の計算よりもずっと感情的ね」


「すまないね、アスカ。彼らも必死なのだよ。……だが、君を『魔女』と呼んだことだけは、後でたっぷり教育し直さなければならないな」


 アスカは無言で黒髪を揺らし、店の奥へと戻っていく。 足元では、シュシュが不安そうに彼女を見上げていた。


「アスカ様……嫌な予感がしますニャ。あの男の目は、獲物を狙う獣の目でしたニャ」


「ええ。……でも、私の計算式に『敗北』という解は存在しない。……お茶にしましょう、シュシュ。次は、より強力な防壁を編む必要があるわね」


 空には不気味なほどの静寂が広がっていた。それは、嵐が来る前の、束の間の偽りの安らぎだった。


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