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第66話:帝国の全権、その重すぎる贈り物

【舞台:地下大空洞・中央壇上】


 地下空洞に響くシステムの再起動音は、アスカにとって勝利のファンファーレではなく、底なしの泥沼へと引きずり込まれる足音のように聞こえていた。

 アスカがハッキングによって掌握した帝国の管理権限。ゼノスはそれを奪い返そうとするどころか、自らの手で「固定ロック」し、不可逆の契約へと書き換えてしまった。


「さあ、受け取ってくれ。我が魂のデバッガー、アスカ」


 ゼノスは、帝国の全権を象徴する、深紅の宝石が埋め込まれた黄金のメダル――『全権大使の証』を手に、アスカへと歩み寄る。その足取りは、敗北者とは思えないほど軽く、晴れやかですらあった。


「……待ちなさい。これを受け取る論理的根拠が不明だわ。私はあなたの独裁を止めたのであって、あなたの代わりに働くと承諾した覚えはない!」


 アスカは後退りするが、ゼノスはその細い首に、強引に、かつ羽毛のように優雅な手付きでメダルをかけた。


「君は私に勝ち、私のシステムを書き換えた。ならば、その新しいシステムの整合性を維持する責任は、制作者デバッガーである君にある。……論理的だろう? 今日この瞬間から、帝国のあらゆる施設、軍隊、そして莫大な国庫の半分は、君の自由にしていい。――いや、君が管理しなければならないんだ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【嫌がらせという名の贈り物】


「国庫の半分……? 管理……? あなた、何を言っているのか理解しているの?」


「理解しているとも。これは私からの、最大限の敬意を込めた『嫌がらせ』……いや、贈り物だよ。君は自由を求めていたが、あいにく、この世界で最も自由でないのは、すべてを決定できる頂点に立つ者だ」


 ゼノスは満足げに頷き、パチンと指を鳴らした。 すると、地下空洞の壁面がスライドし、転送魔導によって召喚された「山のような書類」が、雪崩のようにアスカの足元へ積み上がった。


「これは……何?」


 リサが引き攣った顔で、書類の束を一つ拾い上げる。そこには『帝都東部における魔力配分最適化案・要決済』『隣国との関税交渉・最終確認』『帝国騎士団の給与計算・承認願』といった文字が並んでいた。


「君の知性なら、これら数万枚の決裁も、瞬きの間に片付けられるはずだ。……さあ、アスカ。君が求めた『合理的な世界』を、君自身の手で構築し続けてくれ。私はこれから、君が苦悩し、事務作業の海で溺れる姿を、特等席で眺める隠居生活に入ることにするよ」


「……っ、この、超弩級の変態皇帝!! 自分でやりなさいよ、こんなこと!」


 アスカの絶叫が空洞に響く。しかし、ゼノスは「ふふ、いい声だ」と頬を染めるばかりで、聞く耳を持たない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【事務作業の地獄】


「アスカ……これ、どうするの……? 私、騎士団の給与計算なんて、一文字も見たくないんだけど」


 リサが震える手で書類をアスカに差し出す。アスカはメダルをむしり取ろうとしたが、それは既に彼女の魔力波長と同期し、外そうとすると国家システム全体が緊急停止シャットダウンしてエルムが消滅するという、悪辣なプロテクトがかかっていた。


「……ああ、もう! ロジックが……私の論理が、事務作業という名の低俗なノイズで埋め尽くされていく……! ゼノス……! あなた、最初からこうするつもりだったのね!?」


「まさか。君が私の予想を上回る勝利を収めたからこそ、この結末ルートが開かれたんだ。……君という最強のハードウェアに、帝国という名の重すぎるOSをインストールした。……これ以上の完璧なデバッグ(嫌がらせ)があるかい?」


 ゼノスは優雅に一礼し、闇の中へと消えていく。その背中からは、これまでにない解放感と、アスカを永遠に「仕事」という鎖で縛り付けた達成感が溢れていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 地下空洞に残されたのは、呆然と立ち尽くすリサと、膨大な書類の山に埋もれたアスカだった。


「……アスカ? 大丈夫……?」


「………………リサ。……ペンを出して。……一秒でも早く終わらせて、あいつの顔面にこの書類を全弾発射シュートしてやるわ……」


 アスカは、殺気立った手付きで一枚目の書類を掴んだ。 知性で世界を救った賢者が、今、その知性を「判子を押す作業」に費やし始める。 それは帝国の歴史上、最も贅沢で、最も非効率で、そしてアスカにとっては最も屈辱的な「勝利」の光景だった。


「……ゼノス……絶対に、絶対に後悔させてやる……!!」


 アスカの黒髪が、怒りの魔力でパチパチと音を立てる。 帝都の深い闇の中で、賢者の不眠不休の事務作業が、今、幕を開けた。


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