表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/93

第65話:皇帝の誤算とデバッグ

【舞台:地下大空洞・対局場】


 地下空洞を支配していた脈動音が止まった。アスカのハッキングによって国家管理システムが強制終了シャットダウンされ、辺りは静寂と、白銀の魔力が残した冷たい輝きに包まれている。

 盤上の黄金の駒が砕け散り、ゼノスは自らが指した駒を握ったまま、彫像のように固まっていた。一国の主として、そして無敗の棋士として積み上げてきた彼の「完璧な論理」が、今、目の前のアスカが仕掛けた「稚拙なミス」という名のノイズによって、跡形もなく崩壊したのだ。


「……あ、……はは。……あはははは!」


 静寂を破ったのは、ゼノスの乾いた笑い声だった。最初は掠れた笑いだったが、それは次第に激しくなり、狂気を含んだ高笑いとなって地下空洞に反響した。


「ゼノス……? 負けを認めたショックで、脳内回路がショートしたのかしら?」


 アスカは乱れた黒髪をかき上げ、冷徹な視線を彼に向ける。だが、ゼノスが顔を上げた時、その瞳に宿っていたのは絶望ではなく、宗教的な法悦ほうえつに似た輝きだった。


「素晴らしい……! 完璧だ、アスカ! 私の演算を狂わせ、私の美学を蹂躙し、あまつさえ私の帝国そのものを一瞬で奪い去ってみせるとは! ……君は、私がずっと探し求めていた、この退屈な世界を壊してくれる唯一の『神』だ!」


 ゼノスは盤を押し除け、跪いたままアスカの足元へ這い寄る。その動作には、皇帝としての威厳を捨て去った、純粋で歪んだ信仰心が溢れていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【狂酔する皇帝】


「近寄らないで。あなたのその不気味な熱量、私の論理的思考に悪影響を及ぼすわ」


「嫌だと言われても無駄だよ! ああ、今の君の冷たい眼差し、それこそが私を救う光だ。……リサ、君がこの子を隠していた理由が今、骨の髄まで理解できたよ。……彼女は人間ではない。この退屈な宇宙をデバッグするために降臨した、至高の知性バグだ!」


 リサが青ざめた顔でアスカの後ろに隠れる。


「……ゼノス、あなた、前よりずっと気持ち悪くなってるわよ。アスカ、早くここから出ましょう。この男、もう何を言い出すか分からないわ!」


「逃がさないさ。……アスカ、君が私をデバッグしてくれたおかげで、ようやく分かったのだ。……私は、君を支配したいのではない。君という理不尽に、永遠に支配デバッグされ続けたいのだよ!」


 ゼノスの声は震え、その執着はもはや「愛」や「独占欲」といった言葉を通り越し、自身の存在そのものをアスカに捧げるという、常軌を逸した崇拝へと進化していた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【歪んだ進化】


「……不快指数が限界を突破した。……私の勝利デバッグが、あなたの歪んだ性癖を加速させる結果になるなんて、計算外のノイズだった」


 アスカは軽蔑を込めて吐き捨てるが、ゼノスはそれさえも甘美な調べとして受け入れている。


「……いいだろう、私の負けだ。条件通り、エルムの自治権、君の自由、そして国家システムの解体……すべてを受け入れよう。……だが、アスカ。私が負けたということは、君が私よりも優れた『支配者』であることを証明してしまったということだ」


 ゼノスは不敵な、そしてどこか恍惚とした笑みを浮かべ、懐から一振りの黄金の鍵を取り出した。


「君は私に勝った。ならば、勝者は敗者からすべてを奪い、そしてその責任を負わねばならない。……論理的だろう?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 ゼノスが黄金の鍵を盤上に叩きつけた瞬間、地下空洞の奥底から、さらなる魔力の奔流が溢れ出した。それは「法陣の心臓」を強制的に再起動し、アスカが奪った管理権限を「固定」する術式だった。


「……なっ、何を……!? 管理権限を、私に固定した……?」


「そうだ。君は今この瞬間、名実ともに帝国の『脳』となった。……君に拒否権はない。君が私をデバッグした報いとして、君には私の代わりに、この退屈で巨大な帝国の運営という『無限のタスク』を背負ってもらう!」


 ゼノスは立ち上がり、狂おしいまでの歓喜を込めて、アスカに向かって両手を広げた。


「さあ、私の神よ。私を、そして帝国を、君の好きなようにデバッグし続けるがいい。……私はその光景を、最前列で眺め続けさせてもらうよ。……永遠にね!」


 アスカの白銀の瞳が、驚愕と、そしてこれから訪れるであろう「絶望的なまでの激務」の予感に大きく見開かれた。 皇帝の敗北。それは、アスカにとって「自由」の獲得ではなく、史上最悪の「押し付けられた義務」の始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ