第4話:ミーナの魔法修行と、規格外の教育論
【舞台:古本屋『VOID』の裏庭】
春の陽光が降り注ぐ裏庭には、手入れの行き届いていないハーブの茂みと、アスカがお昼寝のために魔法で水平を保った大きな平石がある。 アスカは石の上に座り、黒髪を耳にかけて一冊の古い薄い本を読んでいた。その前で、隣家の少女ミーナが、拾ってきた木の枝を必死に振っている。
「えいっ! やーっ! ……おかしいなあ、アスカお姉ちゃん。昨日教えてもらった『火を出す呪文』、全然出ないよ?」
ミーナは顔を真っ赤にして、教科書通りの詠唱を繰り返していた。
「……ミーナ。その木の枝を振る動作、何の意味があるの? 座標軸がブレるだけ。非効率の極みよ」
アスカは本から目を上げず、気だるそうに口を開く。
「アスカ様、ミーナ様はまだ『気合』で魔法が出ると思っている世代ですニャ。原始的ですニャ」
シュシュがアスカの膝の上で丸まりながら、尻尾でリズムを取る。
「気合じゃないもん! ちゃんと『燃えろ、小さな炎よ』って言ってるのに!」
「……それがダメなのよ。ミーナ、言葉(詠唱)はただの『ユーザーインターフェース』に過ぎないわ。本当の魔法は、脳内で事象の数式を確定させること。あなたが『燃えろ』と願う1秒の間に、私は分子の振動数を直接書き換えて発火させる。……その方がタイパが良いでしょう?」
「た、たいぱ……? よくわかんないけど、お姉ちゃんみたいにパッて出したいの!」
アスカは溜息をつき、本を閉じた。彼女は石から降りると、しなやかな指先で、ミーナの額にトン、と触れた。
「……いい? 今からあなたの脳内のディレクトリに、最小構成の『発火プロセス』をショートカットとして保存するわ。……余計な感情はゴミ箱に捨てて。純粋に『そこにある空気の振動を速める』ことだけをイメージしなさい」
アスカの指先から、ほんのわずかな魔力がミーナに流れ込む。
「……はい、最適化完了。……もう一度やってみて。詠唱も枝もいらないわ」
ミーナはおっかなびっくり、手のひらを前に出した。
「えーと……空気を、ぶるぶるって……」
ボッ!
ミーナの手のひらの上に、完璧な球体を描く美しい青い炎が浮かび上がった。煙も出ず、熱も外に逃げない、超高効率な火球。
「わあああっ!? 出た! お姉ちゃん、見て見て! すごい、きれい!」
「ミーナ様、驚きですニャ! 魔法学園で三カ月かかるプロセスを、アスカ様は一瞬で終わらせましたニャ!」
「……三カ月もかけるのは、教育機関が予算を確保するための時間稼ぎよ。……いい、ミーナ。魔法は努力でするものじゃない。理解と、適切な処理速度でするもの。……あなたの今の脳内リソースなら、この炎を維持するだけで精一杯のはず。すぐに消して」
「えーっ、もっとやってみたい! 次は爆発するやつとか!」
「却下。……あなたの脳をオーバーヒートさせて、隣のおばさんに怒られるのは、私の人生設計において最も回避すべきリスクだわ」
アスカはパチンと指を鳴らし、ミーナの炎を消去した。 ミーナは名残惜しそうに自分の手を見つめていたが、やがて満面の笑みでアスカに抱きついた。
「お姉ちゃん、やっぱりすごいや! 魔法って、もっと難しいものだと思ってたけど、お姉ちゃんに教わると魔法が『笑ってる』みたいに聞こえるよ!」
「……笑ってる? ……ふん、ただの確率変動の音よ」
アスカはそっぽを向いたが、その耳元はわずかに赤くなっている。 彼女は再び石の上に座り、本を開いた。
「……さて、今日の授業は終わり。……お礼は、明日の朝食に使う『完璧な火加減のトースト』でいいわ。あなたが今覚えたその最適化された熱量を使えば、パンの水分を逃さずに焼けるはずだから」
「うん! 私、世界一のトーストを焼く魔法使いになるね!」
ミーナが元気よく庭を駆けていくのを見送り、シュシュがアスカを見上げた。
「アスカ様、あんな高密度な術式を子供に教えるなんて、相変わらず無茶苦茶ですニャ。王立学院の教授が見たら卒倒しますニャ」
「……あの子には、魔法を『苦行』だと思ってほしくないだけ。……世界を救うための武器じゃなく、パンを美味しく焼くための道具。……その方が、魔法というシステムにとっても幸せなはずだわ」
アスカは黒髪をかき上げ、ページをめくる。 かつて戦場ですべてを焼き尽くした彼女の指先は、今、一人の少女の「美味しい朝食」を予約するために使われていた。
夕暮れの光が、古本屋の裏庭を黄金色に染めていく。 最強の賢者が教える「規格外の教育」は、世界平和よりもずっと切実で温かな、日常の幸せを育んでいた。
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