表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/33

第27話:唯一の観測者

【舞台:時計塔・最上階展望台】


 エルムの街の象徴である時計塔。その最上階は、今や現実と虚構が混ざり合う、歪んだ異空間へと変貌していた。 歯車は逆回転を始め、空間の隅から黒い泥のような「時間の残滓」が溢れ出している。

 その中心で、アスカは目を閉じ、両手を広げて静止していた。彼女の周囲には、数千万の光り輝く数式が、まるで銀河のように渦巻いている。


「……アスカ様! 顔色が真っ青ですニャ! もう限界ですニャ、これ以上記憶を肩代わりしたら、アスカ様の脳が焼き切れてしまいますニャ!」


 シュシュが必死に叫ぶ。アスカは現在、街全体の「本来あるべき記憶」を自分の脳内に外部サーバーとして同期シンクロさせ、世界の消滅を食い止めているのだ。


「……黙って、シュシュ。……私の脳の演算リソースは、まだ3.4%の余裕があるわ。……レオン、カイル! ぼんやりしないで。今から、あなたたちの意識に直接『戦闘プログラム』を流し込むわよ!」


 アスカが指先をわずかに動かすと、眼下の広場で巨大な影の触手と対峙していたレオンとカイルの脳内に、鮮烈な情報が叩き込まれた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【知性による遠隔指揮】


「な……っ!? 頭の中に、敵の攻撃パターンが、数手先まで見えるぞ!」 レオンが驚愕の声を上げる。


「これは……アスカ様の予測演算の結果!? 凄い……敵の魔力伝導率から、回避すべき座標がミリ単位で指定されている!」


 カイルが眼鏡を光らせ、杖を掲げた。


「無駄口を叩かないで。……レオン、右斜め45度から来る触手は無視して、3秒後に真上へ跳びなさい。カイル、あなたはレオンが跳んだ瞬間に、時計塔の12時の方向に『氷結のアイス・ランサー』を最大出力で。……誤差は0.01秒も認めない」


 アスカの声が、二人の頭の中で冷徹に響く。 それは魔法というより、チェスの駒を動かすような、完璧な「支配」だった。


「行くぞ、カイル! ――はあああっ!」


 レオンがアスカの指示通りに跳躍する。その直後、彼がいた場所を巨大な触手が粉砕した。空中でレオンが聖剣を振るう。


「今だ、カイル! 座標、固定……撃てッ!!」


 カイルが放った氷の楔が、歪んだ空間の「繋ぎ目」を正確に貫いた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【師匠の介入と、アスカの執念】


「グガアアアァァ……!!」


 空間の奥から、形を持たない魔物の悲鳴が聞こえる。だが、その衝撃の反動が、観測者であるアスカを襲った。


「くっ……あぁ……っ!!」


 アスカの鼻から、一筋の血が流れる。 街全体の記憶を保持しながら、同時に二人の戦闘をリアルタイムで演算する。それは、人間の領域を遥かに超えた神業だった。


「……アスカ、もういいわ。後は私が、あの魔物の根っこを引きずり出してあげる」


 金色の髪をなびかせ、リサがアスカの隣に立った。彼女の琥珀色の瞳には、弟子を案じる色と、敵への静かな怒りが混ざっている。


「……ダメよ、リサ。……あなたが動けば、この精密な因果律の調整が崩れる。……あなたは、私の『アンカー』でいて。……私が世界から切り離されないように、ただ、そこにいて……」


 アスカは震える手で、リサの服の裾を掴んだ。 知性の塊であるアスカが、初めて見せた「縋る」ような仕草。リサは一瞬目を見開いた後、優しく笑ってアスカの肩を抱き寄せた。


「……わかったわよ。最高に生意気で、最高に頼もしい私の弟子。あんたの脳みそがパンクする前に、この茶番を終わらせなさい!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 アスカは再び、瞳に青白い閃光を宿した。


「……最終シーケンス、開始。……全住民の『昨日』を、この瞬間に再定義リブートする。……失われた記憶は、私がすべて、現実に繋ぎ止める!」


 アスカが叫ぶと、彼女の周囲に浮遊していた数千万の数式が一斉に収束し、時計塔から街全域へと、目も眩むような「光の波動」となって放たれた。

 それは、忘れ去られたピクニックの笑い声、パンの焼ける匂い、交わした約束。 アスカがその身を削って守り抜いた「昨日」という名の情報の濁流が、歪んだ世界を強引に上書きしていく。

 光の中で、アスカの黒い髪が激しく舞う。 一人で世界を背負い、冷徹な計算の果てに「人々の日常」を愛おしそうに守り抜くその姿は、どんな伝説の聖女よりも気高く、そして孤独で美しかった。


「……さあ、目覚めなさい、エルム。……私の覚えている『昨日』を、返してあげる」


 街が光に包まれ、アスカの意識が深い闇へと沈んでいく直前。 彼女の耳には、ようやく記憶を取り戻したレオンたちの、自分を呼ぶ声が届いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ