第164話:一掃 ―― 暴力の不成立
【舞台:幼稚舎中央広場 ―― 絶望の産声】
アスカによって権威を剥ぎ取られ、全情報を白日の下に曝された長老たちは、もはや理性を失っていた。
「おのれ……おのれえええ! 我が一族が数百年かけて築き上げた栄光を、このような小娘に!」
筆頭長老が、血走った目で懐からどす黒い輝きを放つ魔導宝珠を取り出した。それは、建国以前の暗黒時代に封印されたはずの、禁忌の召喚触媒であった。
「――出でよ、終焉の番人! この地に仇なす愚か者どもを、その爪で引き裂け!」
長老が自らの魔力を無理やり注ぎ込むと、中庭の空間が歪み、裂けた次元からドロドロとした泥のような魔力が溢れ出した。現れたのは、無数の目と触手を持つ、巨大な異形の獣。かつて神々が世界の淘汰に用いたとされる、禁忌の召喚獣『アビス・イーター』であった。
その圧倒的な威圧感に、解放されたばかりの生徒たちが悲鳴を上げ、腰を抜かす。
「……第108号。あれは危険だわ。論理階層を直接破壊する腐食性魔力。……私が消去しましょうか?」
ステラが淡々と指先を掲げる。だが、アスカはその手を制した。
「いいえ。……もっと適任な『大人たち』が、あそこで退屈そうに待ってるわよ」
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【舞台:最強の二人 ―― 執事と魔女のティータイム】
召喚獣の咆哮が校舎を揺らす中、その巨躯の前に、悠然と歩み出る二人の男女がいた。 一人は、煤一つない黒の燕尾服を纏い、背筋を正した執事・ゼノス。 もう一人は、真っ赤なドレスを翻し、退屈そうに爪を眺める賢者・リサ。
「……ゼノス、聞いた? あのジジイ、『暴力』で解決しようってさ。自分たちが一番苦手な分野を選んじゃうなんて、ボケも極まったわね」
リサがクスクスと笑いながら、手元に小さな火種を浮かべる。
「そうだな、リサ。礼節を欠いた者は、言葉よりも痛みを伴う教育が必要だ。……アスカ様の手を煩わせるまでもない」
ゼノスはそう言うと、いつの間にか手にしていた銀のトレイを、傍らの石柱にそっと置いた。その上には、まだ湯気を立てる紅茶が一杯。
「――グアアアオオオン!」
召喚獣が、ゼノスに向けて無数の触手を叩きつける。石畳が爆ぜ、土煙が舞う。 だが、土煙の中から現れたのは、埃一つついていないゼノスの姿だった。
「……遅いですね。今の攻撃で、紅茶の温度が一度下がってしまいましたよ」
ゼノスの瞳が、一瞬だけ鋭い「皇帝」のそれに変わる。 彼は武器すら抜かない。ただ、踏み込んだ。
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【舞台:蹂躙 ―― 暴力の不成立】
「リサ、右は任せた」
「お安い御用よ。……さあ、ドカンと派手に行くわよ!」
リサが指を鳴らした瞬間、召喚獣の右半身が「内部から」爆発した。火球でも、爆風でもない。リサが放ったのは、空間そのものを爆薬に書き換える超高密度魔導。
「ギャアアアッ!?」
叫びを上げる獣。だが、逃げ場はない。左側からは、ゼノスの「掃除」が始まっていた。
「――失礼、少し形を整えさせていただきます」
ゼノスの手元で、魔力の残光が糸のように走る。彼が通り過ぎた後、召喚獣の触手は芸術的なまでに「細切れ」となり、崩れ落ちていく。剣を抜く必要すらない。指先から放たれる不可視の斬撃が、神の獣をただの肉塊へと変えていく。
「な、なんだ……あの二人は……!? 禁忌の召喚獣が、赤子のように……!」
長老たちが震え上がる。
「……勘違いしないで。あんたたちが縋ったその『暴力』はね、この二人にとっては日常の片付け物でしかないのよ」
アスカが、高みの見物をしながら冷たく言い放つ。
リサは召喚獣の頭上に巨大な魔法陣を展開した。
「ねえ、おじいちゃんたち。魔法っていうのはね、独占するもんじゃないの。……こうやって、『爆発』させるものなのよ! ――ジ・エンド・エクスプロージョン!」
空が真っ赤に染まり、召喚獣は一欠片の塵も残さず、光の渦の中に消滅した。
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【ラストシーン:静寂 ―― 執事の礼節】
爆炎が収まり、静寂が戻った広場。 ゼノスは静かに歩み寄り、先ほど置いたトレイの紅茶を手に取った。
「……ちょうど飲み頃ですね」
彼は優雅に一口飲み、それから腰を抜かしている長老たちの前に立った。
「暴力による解決を試みたこと、後悔なさる時間はたっぷり差し上げましょう。……ですが、まずはアスカ様への謝罪を」
ゼノスが放つ圧倒的な威圧感に、長老たちは呼吸することすら忘れ、ただ地面に額を擦り付けた。
「……ふん、お疲れ様」
アスカが歩み寄り、リサとゼノスを見上げた。
「さすがね。私の出番、本当になかったわ」
「あったら困るわよ。あんたは『王様』なんだから、泥仕事は私たちに任せなさいって」
リサがアスカの頭を乱暴に撫でる。
夕闇が迫る幼稚舎。 最強の大人たちによって、「暴力」という最後の逃げ道すら断たれた権威の残骸。 その光景を、ミーナやレオンたちは、畏怖と憧れを込めて見つめていた。
「……第108号。今の戦闘、私のデータベースに『教育的指導』として登録しておいたわ」
ステラの言葉に、アスカは少しだけ苦笑いして、赤く染まった空を仰いだ。




