第161話:幼稚舎の門 ―― 閉ざされた聖域
【舞台:帝都魔導大学付属幼稚舎・正門前 ―― 拒絶の白き壁】
街中の華やかな喧騒を抜け、帝都の北嶺に位置するその場所は、異様な静寂に包まれていた。
『帝都魔導大学付属幼稚舎』
歴史ある白亜の石造りの校舎を囲むのは、重厚な鉄柵ではなく、陽光を弾いて鈍く輝く半透明の「膜」だった。
「……ひどい。校門の前に、結界の物理定数書き換えの跡があるわ」
アスカは門の数メートル手前で足を止め、瞳を細めた。 彼女の視界には、通常の人間には見えない「世界の理」の記述が見えている。門へと続く道は、空間そのものが引き延ばされ、どれだけ歩いても辿り着けない「無限の回廊」へと変質していた。
「アスカ、これは……単なる防御魔法ではありませんね。ここに来るまでの間に、いくつもの拒絶の意志を感じました」
レイが悲しげに校舎を見上げた。
「ふん、陰険な術式ですニャ。私のような可愛い猫一匹通さないつもりですかニャ?」
シュシュが毛を逆立てて威嚇するが、門の内側からは何の応答もない。
すると、結界の奥、校舎の二階の窓から数人の老魔導師たちが姿を現した。彼らは豪華な刺繍が施された法衣を纏い、地上を見下ろすその目は、ゴミを見るかのように冷淡だった。
「――立ち去れ、野卑な者共よ。ここは帝国選り抜きの血筋が、純粋なる魔導を継承するための聖域。貴殿らが足を踏み入れて良い場所ではない」
「……あいつらがミーナをいじめてる長老たちね」
アスカの声が、低く、地を這うような怒りを帯びる。
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【舞台:長老の傲慢 ―― 歪んだ正義】
「おい、ジジイども! 聞こえてるか!」
レオンが前に出、結界を拳で叩いた。ドォン、と重低音が響くが、結界は波紋一つ立てない。
「レオンか。貴殿の武功には敬意を払うが、教育は我ら学者の領分だ。……そこの、陛下を騙る執事風情と、怪しげな魔女を連れて速やかに立ち去るが良い。さもなくば、この結界の『因果律拒絶』によって、貴殿らの存在そのものをこの地の歴史から抹消することになるぞ」
「……陛下を騙る、か」
ゼノスが静かに歩み出た。その表情は穏やかだが、背後に立つリサの指先には、すでに圧縮された爆裂魔導の火花が散っている。
「ゼノス、いいわよ。あんな連中の言葉に耳を貸す必要なんてないわ」
リサが苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
「アスカ。この結界、私が外側から物理的に焼き切ってもいい?」
「いいえ。そんなことをしたら、中にいるミーナや子供たちが巻き込まれるわ。……それに、こういう『鍵』をかけられると、どうしても中を覗きたくなっちゃうのが私の性分なのよ」
アスカは一歩、また一歩と結界へ近づいた。
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【舞台:ステラの分析 ―― 演算される脆弱性】
「ステラ。この結界、あんたの目にはどう見える?」
問いかけられたステラは、無機質な瞳で、結界の記述を高速でスキャンし始めた。
「……解析完了。構築から四〇〇年以上が経過した、自己修復型の循環式拒絶結界。物理的な干渉をすべて『存在しなかったこと』として無効化する……つまり、論理的な『否定』による防壁だわ」
ステラは、指先で結界の表面に触れた。パチリ、と青白い火花が散る。
「……けれど、第108号。この術式はあまりに古い。更新されていないソースコードが山積しているわ。保守派の彼らは、権威を守ることに執着するあまり、世界の更新を拒絶した。……今の私なら、瞬き一つでこの論理を崩壊させることが可能よ」
「待ちなさい。ステラ。あんたがやると更地になっちゃうわ。……ここは、私のやり方で行かせてもらう」
アスカが右手を伸ばした。 その掌が結界に触れた瞬間、彼女の黄金の魔力が、目に見える回路となって結界の表面を走り始めた。
「――幼稚舎のメインシステム、及び結界管理権限へのハッキングを開始する」
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【ラストシーン:黄金の侵食 ―― 崩れゆく聖域】
「なっ……何を……!? 貴様、何をしている!」
窓から見ていた長老たちの顔が、驚愕に歪んだ。 彼らが誇る「絶対の聖域」が、アスカの指先から流れ込む黄金の光によって、どろりと溶けるように変質し始めたのだ。
「……言ったはずよ。あなたたちが聖域だと思っているこの壁は、私にとってはただの『古臭いパスワード』でしかないって」
アスカの瞳が黄金に燃え上がる。
「アンロック。――すべての門を開きなさい(Open All Gates)」
パリン、という、世界が割れるような高い音が響き渡った。 空間を引き延ばしていた歪みが消え、門がゆっくりと、その重厚な音を立てて開き始める。
「……さあ、レオン。ここからはあなたの出番よ」
アスカは肩越しにニヤリと笑った。
「勇者の剣で、あの長老たちの『プライド』っていう一番醜いバグを、根こそぎ刈り取ってきなさい!」
「おうよ! 任せとけ、アスカ!」
レオンが雄叫びを上げ、開かれた門の中へと突撃する。 賢者の圧倒的な魔力と、勇者の咆哮。そして静かに従う神と王。 帝都の空を切り裂くように、一行は「聖域」の深淵へと足を踏み入れた。




