第155話:見えない贈り物
【舞台:古本屋『VOID』 ―― 深夜の作戦会議】
エルムの街が深い藍色の夜に包まれ、家々の窓から灯りが消えていく頃。 古本屋『VOID』の一階だけは、琥珀色の魔導ランプの光が暖かく、そして怪しく揺れていた。
「いい、みんな。ミーナの旅立ちまであと三日。……帝国は、ゼノスの故郷とはいえ、あそこの魔法学校は実力至上主義の殺伐とした場所よ。あの子が向こうで泣かされないよう、私たちの総力を挙げた『餞別』を用意するわよ」
アスカが、カウンターの上に広げた羊皮紙をバンと叩いた。その目は、賢者としての鋭さと、保護者としての熱を帯びている。
「賛成です! アスカ、私には何ができますか?」
隣で身を乗り出したレイが瞳を輝かせる。
「あなたには『不服従』の概念を込めた、特製の護身用魔導衣を編んでもらうわ。それからリサは――」
「言われなくても分かってるわよ。帝国の魔法学校なんて、どうせ小難しい理屈ばかりこね回す鼻持ちならない連中の集まりでしょ? 私が作った『搦め手の魔導具』をいくつか仕込んでおいてあげるわ」
リサはゼノスの肩に寄りかかりながら、不敵に笑って魔導書の頁を捲った。
「ゼノス様はどうしますニャ? 元皇帝の権力で、学院長を土下座させるのですかニャ?」
カウンターの上で尻尾を揺らすシュシュが、ニヤリと笑う。
「……いえ。かつての皇帝としての威光など、今の帝国ではむしろミーナ様の毒になりかねません。私は『執事』として、彼女の日常を支える最高の『贈り物』を用意しましょう」
ゼノスは穏やかに微笑みながらも、その手元では魔力を糸のように繊細に編み始めていた。
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【舞台:深夜の工房 ―― 絆の錬成】
それから三日間、店は異様な活気に包まれた。
ステラは、相変わらず「贈り物という非効率な投資」について首を傾げていたが、アスカに「いいから黙ってこの術式の演算を手伝いなさい!」と命令され、必死に黄金の論理を補助演算していた。
「……第108号。この術式、防御力が過剰だわ。物理・魔法耐性に加え、因果律の微細な修正まで組み込まれている。これでは、彼女一人のために世界のバランスが0.003パーセント傾くわよ」
「それでいいのよ、ステラ。それが『身内びいき』っていう、世界で一番強い魔法なんだから」
アスカは、リサから受け取った魔導パーツを、アスカ自身の黄金の魔力で接合していく。
一方、レイは店の二階で、ミーナが着るための白い旅装束に針を通していた。
「……どうか、ミーナさんが向こうで独りぼっちだと感じませんように。この糸の一本一本が、私たちの声になりますように……」
レイの祈りに呼応するように、衣服の繊維が淡い青色の光を放ち、概念としての「孤独への不服従」が定着していく。
シュシュもまた、店の裏庭で忙しなく動いていた。
「……ったく、手間をかけさせますニャ。私の特注の魔除けなんて、一生の宝物ですニャ」
彼は自らの艶やかな黒い毛を数本抜き、それをリサが作った小さな鈴の中に、極秘の術式と共に封じ込めていた。
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【舞台:完成の日 ―― 届けられない言葉】
旅立ちの前夜。 ミーナが挨拶のために『VOID』の扉を開けた時、そこには不思議な光景が広がっていた。
「ミーナ様、こちらへ」
ゼノスが彼女を招き入れ、テーブルの上に置かれた『贈り物』を披露する。
「え……これ、全部私に?」
ミーナは絶句した。 そこにあったのは、一見すると何の変哲もない、けれど信じられないほど繊細な刺繍が施された旅装束。そして、革の小さな鞄。
「これね、ただの服じゃないのよ」
アスカが誇らしげに腕を組んだ。
「いじめっ子に魔法をかけられそうになったら、その服が勝手に跳ね返すわ。お腹が空いたら、その鞄の中にゼノスが作った『腐らない保存食』が無限に出てくるし、寂しくなったらその鈴を鳴らしなさい。シュシュの汚い罵声が聞こえてくるから」
「誰の罵声が汚いですニャ!!」
シュシュのツッコミに、一同が笑う。
ミーナは、その贈り物一つひとつに触れた。 指先から伝わってくるのは、強大な魔力の波動だけではない。 アスカの厳しい期待、レイの優しい祈り、リサの不器用な激励、ゼノスの深い慈愛、そしてシュシュの……ひねくれた愛情。
「……あ、ありがとう、みんな。私……私、こんなに良くしてもらっていいのかな」
ミーナの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
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【ラストシーン:見えない贈り物】
「勘違いしないでよね、ミーナ」
アスカが、彼女の涙を乱暴に、けれど優しく拭った。
「私たちが贈ったのは、その道具じゃないわ。……あなたが向こうで、どんなに辛いことがあっても、『自分は愛されているんだ』って思い出せるための、ただの『証拠』よ」
アスカはミーナの肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「道具は壊れるかもしれない。でも、この光(絆)だけは、あなたが捨てない限り消えないわ。……それが、私たちからの『見えない贈り物』よ」
店内の魔導ランプが、一際明るく輝いた。 ステラは、その光景を隅で見つめながら、自分の掌に残った黄金の残滓を見つめていた。
「……計算終了。……この贈り物の価値は、帝国の国家予算10年分を以てしても、代替不可能だわ。……不条理ね。けれど、とても……綺麗だわ」
窓の外では、春の夜風がミーナの旅立ちを祝うように、草原の香りを運んできた。 明日、彼女はこの場所を去る。 けれど、彼女の背中には、目に見えない巨大な『家族』の翼が、黄金色に輝いて寄り添っていた。




