第153話:ミーナの合格通知
【舞台:エルムの街・早朝 ―― 届いた一葉の書状】
エルムの街に、透き通るような朝の光が降り注いでいた。 古本屋『VOID』の重厚な木の扉を叩いたのは、郵便夫ではなく、興奮で顔を真っ赤にしたお隣の少女、ミーナだった。
「お姉ちゃん! レイちゃん! 大変!」
店内に飛び込んできたミーナの手には、厚手の羊皮紙で封印された、銀の紋章が輝く一通の書状が握られていた。その紋章——剣と天秤が交差する意匠を見た瞬間、カウンターの奥で茶を淹れていたゼノスの指先が、わずかに震えた。
「それは……『帝都魔導大学付属幼稚舎』の封蝋ですね」
ゼノスが静かに、けれど重みのある声で呟いた。 かつて彼が「皇帝」として支配し、その発展を支えた帝国の、最高峰の学府。神の支配から解放され、実力主義の波が押し寄せる現在の帝国において、そこは世界で最も峻厳な魔法の探求地となっていた。
「ミーナ、それって……」
アスカが言葉を濁しながらも、期待に満ちた目でミーナを見る。
「はい! 合格……合格したよ! 私、帝国の魔法学校に行けることになったよ!」
「おめでとう!!」
レイがミーナを抱きしめ、 店内は一気にお祝いムードに包まれた。
「あら、やるじゃない。あそこは並大抵じゃ入れない難関よ」とリサが笑う。
「これで隣が静かになりますニャ」
シュシュも毒づきながら、尻尾を上機嫌に振っていた。
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【舞台:お祝いの影 ―― 揺れる心】
だが、騒ぎがひと段落した頃。 ミーナは、ゼノスが用意した『合格祝い』の特製ハーブティーを前にして、俯いてしまった。
「……どうしたの、ミーナ? 念願だったんでしょ、帝国の学校」
アスカが、彼女の異変に気づいて声をかける。
「そう、なんだけど……。いざ合格通知を手にしたら、急に怖くなっちゃって。私、エルムの街の外に出たことなんてほとんどないし……それに、帝国の魔法使いって、みんな凄く厳しいって聞くし......。私みたいな、お姉ちゃんにちょっと教わっただけの未熟者が、本当にやっていけるのかなって……」
ミーナの指が、羊皮紙の端を不安げに弄ぶ。 その時、新人店員が、トレイを持ったまま無機質な声を上げた。
「第34号個体の懸念を解析。帝国の学習環境における生存確率は、現状の魔力出力では著しく低いわね。競争率は1200パーセント、周囲の攻撃性はエルムの街の平均値の5倍以上と予測されるわ」
「ちょっとステラ様! 余計な計算しなくていいですニャ!」
シュシュが慌ててステラの脛を叩くが、ステラは不思議そうに小首を傾げるだけだった。
「ミーナ様」
重厚な声が、場の空気を落ち着かせた。 ゼノスが、ミーナの前に立ち、その大きな手を彼女の肩にそっと置いた。
「あそこは確かに厳しい場所です。かつての私が、力こそがすべてだと説いた場所ですから。ですが……あそこには、この街にはない『真理』への道が拓かれています。そして何より、今の帝国には、私がかつて見落としていた『自由』という名の不確定要素が溢れているはずです」
「ゼノスさん……」
「あなたは、私の主であるアスカ様の妹のようなもの。そして、私にとっても大切な隣人です。帝国の土が、あなたを拒むことはありません。それは……私が保証しましょう」
ゼノスの言葉には、元皇帝としての絶対的な威厳と、一人の執事としての深い慈愛が入り混じっていた。
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【舞台:二人の夜 ―― 故郷への想い】
その日の夜。 ゼノスは、自宅二階のテラスで月を見上げていた。 隣には、妻のリサが立っている。
「懐かしい? 自分の国が」
「……懐かしい、というのとは少し違うな。ただ、あそこに住む人々が、神の光を失った今、どのような顔をして魔法を紡いでいるのか……それをミーナ様に見届けてほしいと思っていたのだ」
ゼノスは、かつての自分の権力という名の鎧を脱ぎ捨て、今の「執事」としての自分を見つめ直すように目を閉じた。
「私は帝国を捨てた。だが、ミーナ様のような純粋な魂が、あの国の乾いた大地に新しい風を吹き込んでくれることを……願わずにはいられない」
「ふん、相変わらず義理堅いわね、皇帝陛下。まあ、あの子なら大丈夫よ。アスカとレイに鍛えられたんだから、ちょっとやそっとのスパルタ教師じゃ、あの子の『不服従』は折れないわ」
リサがゼノスの腕を突き、二人は静かに笑い合った。
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【ラストシーン:窓辺の灯火】
隣の家では、ミーナの部屋に遅くまで灯りがついていた。 彼女はアスカから借りた魔法の基礎教本を開き、不安をかき消すように呪文をなぞっている。
その様子を、店の一階の窓からステラが見つめていた。
「……理解不能。不安という負の感情を、なぜ学習意欲に変換できるのかしら」
「それが、人間っていうバグの面白いところですニャ。ステラ様も、いつかわかる日が来ますニャ」
シュシュが彼女の足元で丸くなる。
アスカとレイは、カウンターでミーナへの「餞別」について相談していた。
「帝国の連中に舐められないように、とびっきりの護身術を教え込まないとね」
「はい! アスカ、明日から特訓メニューを組み直しましょう!」
春の夜風が、合格通知の羊皮紙をカサリと揺らす。 新しい旅立ちの予感と、少しの寂しさ、そして故郷を思う元皇帝の静かな祈りを乗せて、エルムの街の夜は更けていった。




