第14話:師匠の気まぐれ講義と、エルムの街のパニック
【舞台:エルムの街・中央広場~古本屋『VOID』】
エルムの街は今、物理法則がストライキを起こしたような惨状にあった。
「……シュシュ。この光景、私の視神経がバグを起こしているのかしら、それとも世界が崩壊のカウントダウンを始めたのかしら」
アスカは古本屋の軒先で、ティーカップを片手に虚空を見つめていた。
視界の先では、広場の噴水から水ではなく「温かいコンソメスープ」が噴き出し、街中の犬たちが二足歩行で社交ダンスを踊っている。
「アスカ様、残念ながら現実ですニャ。リサ様が広場のご婦人方に『家事が楽になる魔法』を教えた結果、ほうきが自意識を持って街中のゴミを隣の村へ強制送還し始めましたニャ」
「……あのバカ師匠。……デリート、今すぐあの女をデリートしたいわ」
アスカがこめかみを押さえていると、広場の方から「おっほっほ!」という高笑いと共に、金色の髪をなびかせたリサが、空中を優雅に歩いて(文字通り、空に階段を作って)やってきた。
「アスカ! 見てよこの街! 活気があるじゃない。みんな、私の魔法で人生の『余白』を楽しんでるわよ!」
「リサ、あなたが作ったのは余白じゃなくて『バグ』よ。見てなさい、今すぐこの混沌を最適化してあげる」
アスカは手に持っていたティーカップをシュシュに預けると、指先を一閃させた。
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【修復競争:論理 vs 直感】
ROUND 1:暴走するほうき軍団 街中のほうきが軍隊のように整列し、住民を「ゴミ」と判定して掃き出そうとしている。
アスカの修正: 「定義上、人間はゴミではない。オブジェクトIDの再割り当て……実行!」 アスカが空中に数式を描くと、ほうきの動作プログラムが書き換えられ、一瞬でただの棒に戻って整列した。
リサの上書き: 「固いこと言わないの! ほうきだって踊りたいのよ!」 リサが指を鳴らすと、ほうきにフリルが付き、今度は住民と手を取り合ってワルツを踊り始めた。
アスカ: 「リサ! 娯楽はいらないって言ってるでしょ! 静止命令!」
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ROUND 2:コンソメスープの噴水 「お腹が空いた」という子供の言葉に反応したリサが書き換えた噴水。
アスカ: 「成分解析……H2Oへの強制置換。……ついでに、周囲の塩分濃度も調整」 アスカが魔法陣を反転させると、スープが瞬時に澄んだ水に戻る。
リサ: 「あら、味気ないわね。じゃあ、水鉄砲にしましょう!」 リサが杖を振ると、水が意志を持って子供たちの水遊び相手になり、虹色の泡を吹き出し始めた。
アスカ: 「……くっ、演算が追いつかない! リサ、あなたの魔法は並列処理のコストが高すぎるわ!」
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【広場の混乱:レオンとカイルの悲劇】
広場では、とばっちりを受けた面々が悲鳴を上げていた。
「アスカ! 助けてくれ! 知らない女に『勇者ならもっと輝くべきだ』と言われて、私の全身から物理的なビームが出て止まらないんだ! 目が、目が痛い!」
レオンが全身からサーチライトのような光を放ちながらのたうち回っている。
「アスカ様ぁ! 私は『効率的な思考』を教わろうとしただけなのに、脳内の思考がすべて実体化して空中に文字で浮かんでしまうのです! 昨夜の恥ずかしい妄想が街中に公開されて……死にたい!」
カイルの頭上には【アスカ様に褒められたい100のポーズ】という文字が巨大なフォントで浮遊していた。
「……リサ。あなた、みんなをオモチャにするのはやめなさい。……テオ! ポップコーンの増殖を止める数式を教えたでしょ!」
「先生、無理です! リサ先生が『ポップコーンは爆発の基本だ』って言って、術式に勝手に起爆スイッチを組み込んだんです!」
街は今や、アスカの「静かな修正」と、リサの「ド派手な改変」が火花を散らす魔力の大嵐と化していた。
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【ラストシーン:賢者の敗北?】
夕暮れ時。 ようやく街の「物理法則」は、アスカの不眠不休のデバッグによって正常に近い状態へと戻された。 ほうきは動かず、噴水は水に戻り、カイルの羞恥心あふれる文字も消滅した。
だが、アスカの目の前には、満足げに笑うリサと、なぜかお祭り騒ぎの余韻に浸って楽しそうな街の人々がいた。
「どう? アスカ。完璧に直したつもりでしょうけど……空を見てごらんなさい」
アスカが渋々空を見上げると、夕焼け空をキャンバスにして、雲が巨大な文字を形作っていた。 それも、アスカの理論では決して作れない「意志を持つ雲」だ。
【アスカ、大好きよ! ――師匠より】
「……なっ……!? な、何よこれ、恥ずかしい……! リサ、今すぐ消しなさい!」
「いいじゃない、感謝の印よ。ほら、街のみんなもあんなに喜んでるわ」
見れば、住人たちは「今日は変な一日だったけど、楽しかったな」と、アスカの修正作業などお構いなしに笑い合っている。
「……私の、一日の計算リソースが……。全部この、リサのノイズに食い潰されたわ……」
アスカはガックリと膝をつき、髪をなびかせて笑う師匠の背中を、恨めしそうに見つめた。 最強の賢者が守りたかった「静寂」は、リサという名の巨大なバグによって、跡形もなく消し飛んでいた。
「……シュシュ。明日、引っ越すわよ。……今度は、地底の奥深くがいいわ」
「無理ですニャ、アスカ様。リサ様はもう、地底探査用のドリル魔法を開発し始めてますニャ」
アスカの絶望的な溜息が、エルムの街の賑やかな夜に溶けていった。




