第141話:氷の記録室(アーカイブ)
【舞台:北の氷河・最深部 ―― 静寂の墓標】
吹き荒れる「忘却の吹雪」を突き抜けた先には、耳が痛くなるほどの静寂が待っていた。 アスカとレイが辿り着いたのは、氷河の底に穿たれた巨大な縦穴の先――数千年の時をかけて凍結した、光さえも屈折するほど純度の高いクリスタルの空洞だった。
「……ここが、世界の底。オリジンの『記録室』よ」
アスカが掠れた声で呟く。 彼女の純白のドレスは、先ほどの吹雪で削られた魔力を補うように、青白い燐光を放っていた。その傍らで、レイはロイヤルブルーのドレスの裾を握りしめ、周囲の異様な光景に息を呑んでいた。
そこは、図書館のようでありながら、あまりにも無機質な場所だった。 見上げるほど高い氷の壁面には、無数の「氷の棺」が、幾何学的な規則性を持って埋め込まれている。その一つ一つに、ぼんやりと人影が透けて見えていた。
「アスカ……これ、全部……」
「ええ。演算するまでもないわ。……すべて、私よ」
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【舞台:無名の残像 ―― 繰り返される絶望】
アスカは、一番近くにある氷の棺に歩み寄った。 厚い氷の向こう側に眠っていたのは、アスカと全く同じ顔、同じ髪の色をした少女だった。しかし、その瞳は開かれたまま凍りつき、意志の光は欠片も残っていない。
「この個体は、第104次再構築の際にデバッグを担当した『アスカ』。……こっちは、第211次の……」
アスカが棺に触れると、氷の表面に「システムログ」が浮かび上がる。 そこには、彼女たちがどのように世界を修復し、そして最後には「不要なゴミ」としてこの場所に廃棄されていったのか、その全記録が冷徹に記されていた。
「見て、レイ。彼女たちの記録を。……みんな、最後は同じ言葉を遺して消えているわ」
レイが恐る恐るログを読み上げる。
『――調整完了。個体意識、不要につき削除。世界に平穏を』
「そんな……! 世界を救ったのに、最後は自分を消しちゃうなんて、そんなの、おかしいですよ!」
レイが叫ぶ。その声がクリスタルの壁に反響し、幾重にも重なって返ってくる。
アスカは自嘲気味に笑った。その笑みには、先ほど失いかけた記憶の穴を、冷たい「正論」が埋めていくような危うさがあった。
「おかしくないわ。それが、部品としての正しい在り方だもの。……バグ(魔力)を回収しきった部品は、それ自体が『毒の塊』になる。世界を汚さないためには、こうして隔離され、消去されるのが最も論理的な帰結よ」
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【舞台:個の消失 ―― 私は何番目?】
アスカは狂ったように、次から次へと棺を確認していった。 あるアスカはボロボロの魔導師の服を着て、あるアスカは神官のような装いをして、またあるアスカは……リサに出会う前のアスカと同じ、あの「標本」のような姿で。
「私は……何番目なの? 私が今まで積み上げてきた『アスカ』という人生は、これらの使い捨ての歴史の中の、たった一頁の繰り返しに過ぎなかったというの?」
アスカの手が、自分の顔を覆った。
「リサに救われたことも、ゼノスが作ってくれたアップルパイやスコーンの味も、レイと過ごした日々も……すべては、この『部品』が正しく機能するための、精巧に仕組まれたシミュレーションだったんじゃないかしら。……そう考えれば、すべての辻褄が合うわ」
「違います! やめてください、アスカ!」
レイがアスカの腕を強く掴み、自分の方へ向かせた。
「ここに並んでいる人たちがどうだったかなんて、関係ありません! 私が知っているアスカは、ここに閉じ込められている誰でもない、今、私の手を握っているアスカだけです!」
「……レイ。あなたは、論理を無視しすぎだわ」
アスカの瞳が、ふと、先ほどの機械的な光を帯びる。
「私の演算能力が戻ってきている。……皮肉ね。記憶を失えば失うほど、システムとしての私は完璧に近づいていく。……私はもう、この場所に並ぶ準備ができつつあるのよ」
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【ラストシーン:背後に立つ「完成形」】
その時、記録室の奥から、カツン、カツン、と規則正しい足音が響いた。 レイが反射的にアスカの前に立ち、不服従の魔力を展開する。
「……誰!?」
氷の霧の向こうから現れたのは、一つの影。 それは、棺の中に眠る死体たちとは明らかに違う、圧倒的な密度を持った「存在」だった。
「――ようこそ、第108号。ようやく『個』という無意味な幻想を捨て、真理に辿り着いたようね」
霧の中から姿を現したのは、アスカと瓜二つの容姿を持ちながら、その全身が眩いばかりの純銀の数式で構築された存在。 感情を一切排除した、神の如き冷徹な美しさを纏った女性――神ステラの端緒だった。
「……ステラ……」
アスカがその名を呼ぶ。 それは、かつてリサが禁忌の書から読み解こうとしていた、世界の管理者の名。
「貴女は、まだ半分ね。……哀れな子。その壊れかけた感情を、私が今すぐフォーマットしてあげましょう」
ステラが指先を向けると、記録室全体の氷が共鳴し、アスカの足元から銀色の茨がせり上がった。 アスカの自我が、そして「人間」としての時間が、広大な記録の波に飲み込まれようとしていた。




