第133話:不器用な贈り物
【舞台:古本屋『VOID』 ―― 深夜の演算】
エルムの街が深い眠りに落ち、街灯の魔石だけが淡い青を放つ時刻。古本屋『VOID』のカウンターでは、アスカが一人、山積みの古文書と格闘していた。
「……ダメだわ。希少魔導書、限定品のポーション、特注の羊皮紙……。どれもリサが喜ぶ確率は80%を超えるけれど、今回の『結婚』という事象に対する『正解』としては、決定的に何かが足りない」
アスカはペンを置き、眉間に指を当てた。彼女の脳内では数千通りの贈り物リストが演算されていたが、どれも彼女が求める「論理的な究極」には至らない。
「何を悩んでいるんですニャ。いつものアスカ様らしくないですニャ」
カウンターの端で、銀色の月光を浴びながら毛繕いをしていたシュシュが、呆れたように金色の瞳を向けた。
「シュシュ。これは私の店主としての、そして弟子としてのプライドの問題よ。リサがあっと驚き、かつ彼女の人生の転換点に相応しい価値を持つ物質的報酬……。それを導き出せないなんて、賢者の名が泣くわ」
「物質的報酬……。相変わらず堅苦しいですニャ。リサ様が欲しいのは、そんなデータじゃないと思いますニャ」
「じゃあ、何だっていうのよ」
「それを探しにいくのが、明日の課題ですニャ。アスカ様、もう寝ましょうニャ。脳みそから焦げた匂いがしますニャ」
シュシュは短く鳴くと、しなやかな動作でカウンターから飛び降り、自分の寝床へと消えていった。アスカは一人、静まり返った店内で、解けない数式を前にした子供のように唇を噛んだ。
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【舞台:エルムの街・市場と職人街 ―― 奔走】
翌朝、アスカは開店をレイに任せ、シュシュを連れて街へと繰り出した。
「いい、シュシュ。今日はリサに贈るべき『論理を超えた何か』を特定するわよ。あなたの野性の直感で、何か異質なエネルギーを感じたら報告しなさい」
「了解ですニャ。でも、アスカ様の歩く速度が速すぎて鼻が曲がりそうですニャ」
二人はまず、中央広場の宝飾店を巡った。様々な宝石を見たが、アスカの鋭い双眸を満足させるものはなかった。
「このダイヤモンドはカットが甘いわ。光の屈折率が理想値から0.02ズレている。次よ」
次に訪れたのは、高名な魔導具職人の工房だった。
「この増幅器は出力は高いけれど、デザインがリサのドレスに干渉するわ。却下。次よ」
昼を過ぎる頃には、アスカの表情には焦りが見え始めていた。街の裏通り、職人たちが集まる一角で、アスカは立ち止まって溜息をついた。
「……おかしいわ。エルムの街にある全ての『価値ある品』を走査したはずなのに。私の計算のどこにバグがあるの?」
「アスカ様、あそこの店を見てくださいニャ」
シュシュが前足で指し示したのは、路地の突き当たりにある、看板すら出ていない古びた工房だった。窓からは微かに、不思議な「熱」が漏れ出している。
店内に足を踏み入れると、そこはガラス職人の工房だった。だが、並んでいるのは豪華な花瓶でも宝飾品でもない。ただの、透明なガラスの塊が、不規則な形で転がっているだけだった。
「……何よ、この店。魔力も感じられないし、造形も未完成。論理的に見て、価値はゼロに近いわ」
「いらっしゃい、お嬢さん」
奥から出てきたのは、煤に汚れた老職人だった。
「うちは『記憶』を閉じ込めるガラスを焼いているんだ。あんたが探しているのは、キラキラした石ころか、それとも別の何かかい?」
「記憶を閉じ込める……? そんな非科学的なことが可能だとでも?」
「形にするのは、あんた自身さ」
老職人は、アスカの前に一塊の熱いガラスを差し出した。
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【舞台:夕暮れの工房 ―― 心の結実】
「……いいですかニャ、アスカ様。リサ様が連れ出してくれた日のこと、一緒に魔法を練習した日のこと、ゼノス様と三人で食べたスープの匂い……。それを全部、そのガラスに込めてくださいニャ」
「……シュシュ、無茶を言わないで。そんなの、数式に変換できない……」
アスカは熱を帯びたガラスを見つめた。 論理ではない。理論でもない。 アスカの胸の奥で、熱く、締め付けられるような感覚が渦巻いていた。
リサに厳しく叱られた夜の悔しさ。 ゼノスが作ってくれた誕生日のケーキの甘さ。 リサが結婚すると聞いた時に感じた、あの胸に穴が開いたような、けれど温かい、説明のつかない「バグ」。
「……ああ、そうか」
アスカは両手を、ガラスの熱を恐れずに差し出した。 彼女の指先から、銀色の魔力が漏れ出す。それは計算された術式ではなく、彼女の記憶そのものが、光となってガラスへと吸い込まれていった。
「アスカ様、いい感じですニャ! ガラスが虹色に光り始めましたニャ!」
アスカは夢中で手を動かした。形を整えるのではない。溢れ出す想いを、ただそこに定着させていく。
「……これが、私の知っているリサへの……『ありがとう』の形」
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【ラストシーン:星空の下の古本屋】
夜。古本屋『VOID』に戻ったアスカの手には、小さな箱が握られていた。 カウンターの椅子に座り、アスカは箱を開けて中身を確認した。
そこにあったのは、精巧な宝飾品ではない。 透明なガラスの中に、淡い銀色とロイヤルブルーの光が、まるでオーロラのように揺らめき、重なり合っている、不揃いな形のペンダントトップだった。
「……不格好。私の設計図とは、似ても似つかないわ」
アスカが自嘲気味に笑うと、シュシュがカウンターに飛び乗り、そのペンダントを覗き込んだ。
「最高に綺麗なバグですニャ。これ以上の贈り物は、世界中を探してもどこにもないですニャ」
「そうかしら。リサ、笑わないかしらね」
「笑うわけないですニャ。リサ様、これを見たらきっと、ガルス様たちが言っていた『可愛い泣き顔』になっちゃいますニャ」
アスカは、窓の外に広がる星空を見上げた。 論理では導き出せなかった答えが、今、掌の中で静かに、そして温かく輝いている。
「……明日、渡すわ。リサが『居候』じゃなくなる前に」
アスカの隣で、シュシュが満足げに喉を鳴らす。 古本屋『VOID』の静寂の中に、一足早い祝祭の光が、優しく灯っていた。




