第131話:ロイヤルブルーと純白の計画
【舞台:古本屋『VOID』 ―― 翌朝】
朝日が書棚の隙間から差し込み、無数の埃が光の粒となって舞っている。 昨日、リサとゼノスの衝撃的な結婚宣言によって「システムダウン」したアスカは、カウンターに突っ伏したまま一夜を明かしていた。
「……アスカ、起きてください。もう開店の時間ですよ」
レイの穏やかな声と共に、鼻腔をくすぐる香ばしいコーヒーの香りが漂ってくる。 アスカの指先がピクリと動いた。まぶたが重そうに開き、焦点が合わない瞳が虚空を彷徨う。
「……あ、レイ。私、変な夢を見ていたみたい。リサとゼノスが結婚するとかいう、論理の破綻した悪夢を……」
「夢じゃありませんよ。ほら、あそこにゼノスさんが置いていった百合の花が飾ってあります」
レイが指差した先には、花瓶に生けられた大輪の白い百合が、現実という名の残酷な輝きを放っていた。アスカの顔が一瞬で真っ赤に染まり、彼女は跳ねるように飛び起きた。
「やっぱり現実なのね! あの二人、正気!? 師匠と執事が、私の知らないところで密かにそんな非生産的な感情を育んでいたなんて……! 賢者としての私の観測能力は節穴だったっていうの!?」
「アスカ、落ち着いてください。お二人は本当に幸せそうでしたよ」
「納得いかないわ! ああいうものは、もっと段階を踏んで、私の許可……いえ、私の論理的査定を通すべきなのよ!」
アスカはカウンターの上で拳を握り締め、荒い息をつく。だが、数秒の沈黙の後、彼女の瞳に鋭い「解析者」の光が戻った。
「いいわ。こうなった以上、私の敗北は認めない。……レイ、計画を変更するわよ。あの二人に『勝手に幸せになる自由』なんて与えない。私の管理下で、史上最も完璧で、一点の論理的欠陥もない結婚式を構築してあげる!」
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【舞台:即席の「結婚式作戦本部」】
アスカはカウンターに大きな羊皮紙を広げ、指先から銀色の数式を次々と走らせた。
「まず、式のコンセプトは『絶対的調和』よ。レイ、リサの体型データと魔力波形を出しなさい。ドレスの素材は、彼女の属性に干渉しない純白の魔糸一択だわ」
「わあ、アスカ! やる気満々ですね。リサさんのドレス、私がデザインを手伝ってもいいですか?」
レイが身を乗り出す。彼女のロイヤルブルーのドレスが、期待に胸を膨らませるように微かに揺れた。
「許可するわ。あなたの色彩感覚は、私の論理を補完する数少ないイレギュラーだから。……いい、レイ。リサは居候のくせに、見た目だけは無駄に整っているわ。普通のドレスじゃ彼女の『賢者としての威圧感』に負けてしまう。必要なのは、強さと脆さを黄金比で共存させた一着よ」
「リサさんの強さと、脆さ……」
レイは目を閉じ、いつも自分たちを守ってくれるリサの姿を思い浮かべる。
「リサさんは、私たちが困っている時は誰よりも頼りになりますけど、たまに寂しそうな顔をして夜空を見上げることがあります。……そんな『一人の女性』としての柔らかさを、純白のシルクで表現したいです」
「……非論理的な表現だけど、採用するわ。ゼノスの正装は私の計算に任せて。彼は元皇帝で今は執事……つまり『王者の品格』と『謙虚な献身』の両立が必要よ。肩幅とウエストの比率から、最適な裁断ポイントを導き出すわ」
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【舞台:街への買い出し ―― 賑やかな準備】
二人は店を閉め、エルムの街の中央市場へと繰り出した。 アスカの足取りは、いつになく速い。
「アスカ、見てください! このレース、すごく繊細で綺麗……!」
レイが立ち止まったのは、最高級の織物を扱う露店だった。アスカは無造作にそのレースを手に取ると、目を細めて繊維の密度をチェックする。
「……悪くないわ。魔導インクの吸着率も良さそう。これに防護結界の術式を編み込めば、不測の事態でもリサを守れる。……店主! これを十ヤード、一括購入よ。私の理論に基づいた値引き交渉を始めるから、覚悟しなさい」
「アスカ、今日は本当にかっこいいですよ」
レイがクスクスと笑いながら、アスカの後に続く。
準備が進むにつれ、アスカの言葉からは毒気が抜け、代わりに「創り手」としての熱量が溢れ出していた。彼女は口では「論理的構築」と言いながらも、選ぶ花、選ぶ布、選ぶ料理のメニューすべてに、リサとゼノスへの隠しきれない愛情を詰め込んでいた。
「レイ、次は宝飾店よ。リサの髪飾りに使う魔石を選別するわ。彼女の魔力は強力すぎて、普通の石だと割れてしまう。私の演算で、彼女の『喜びの感情』に同調して発光する特殊なカットを施す予定よ」
「アスカは、本当にお二人のことが大好きなんですね」
「なっ……! 誤解しないで。これはあくまで、私の店に関連する重要人物のイベントを最適化しているだけよ!」
アスカが頬を赤くして反論するが、レイにはわかっていた。アスカは、自分たちの居場所を守ってくれた二人への、最大級の「恩返し」をしようとしているのだ。
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【ラストシーン:星空の下の誓約書】
夕暮れ時、買い込んだ荷物を抱えて『VOID』に戻った二人は、カウンターで一息ついていた。 アスカの手元には、彼女が書き上げた「結婚式実施計画書」が置かれている。
「……これで、全ての変数は制御下に置いたわ。あとは実行するだけよ」
アスカは満足げに腕を組んだが、ふと、窓の外に広がる夕焼けを見つめて呟いた。
「……リサが結婚するなんて。……本当に、遠くへ行ってしまうみたいじゃない」
その小さな呟きに、レイはそっとアスカの手の上に自分の手を重ねた。
「遠くになんて行きませんよ。ゼノスさんは、これからもアスカの執事だって言っていましたし、リサさんもこのお店が大好きです。……家族の形が、少しだけ変わるだけです」
「……そうね。私の計算でも、その結論が導き出されているわ」
アスカはレイの手の温もりを感じながら、ふっと小さく微笑んだ。 その表情は、論理の鎧を脱いだ、年相応の一人の少女のものだった。
「さあ、明日はリサにこの計画書を叩きつけてやるわよ。……『一分一秒の遅れも許さないから、覚悟しなさい』ってね」
カウンターの上には、アスカが描きかけの、リサとゼノス、そしてアスカとレイの四人とシュシュが並んで笑っている魔法のスケッチが、夜風に揺れていた。




