第129話:日常の和音 ―― VOIDへの帰路
【舞台:VOIDへの境界線 ―― 砂漠の果て】
ミュート王国の国境を越え、再び次元の狭間へと足を踏み入れたアスカとレイ。背後に広がる黄金の砂漠からは、もう「不気味な静寂」は消え去っていた。遠く、人々の生活の響きが風に乗って微かに届く。
アスカが空間を切り裂き、エルムの街へと続く「門」を開く。
「……やっと、接続が安定した。VOIDの座標を確認。……帰るわよ、レイ」
「はい、アスカ。なんだか、ずいぶん長い間旅をしていた気がします」
レイはボロボロになったロイヤルブルーのドレスの裾を愛おしそうに撫でた。砂に汚れ、魔力消費で色が翳っていても、それは二人で地獄を乗り越えた証だった。
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【舞台:エルムの街 ―― 温かな帰還】
門をくぐり、VOIDの広場へ降り立った二人を待っていたのは、騒がしいほどの「日常」だった。
「お帰りなさいですニャーーー!!」
真っ先に飛び出してきたのは、黄金の瞳を輝かせたシュシュだった。アスカの足元に猛烈な勢いでスライディングし、そのまま純白のドレスに顔を埋めて喉を鳴らす。
「シュシュ! 急に飛びつかないで。……計算外の衝撃だわ」
「そんなの知らないですニャ! アスカ様がいない間、エルムの街はとっても静かすぎて、干からびそうでしたニャ!」
「ふふ、シュシュちゃん、ただいま。お留守番ありがとうね」
レイが優しくシュシュの背を撫でると、その背後から聞き慣れた、力強い足音が近づいてきた。
「……二人とも、随分と派手にやってくれたようね」
リサが、腕を組んで立っていた。その瞳には、弟子の無事を確認した安堵と、賢者としての鋭い観察眼が同居している。
「アスカ、ドレスの魔導回路がズタズタじゃない。……それにレイ。あなたの魔力の質、変わったわね? より深く、芯の通った響きになった」
「リサさん。……はい、アスカと一緒に、たくさんの『音』を見つけてきました」
「そう。……いい顔になったわ。アスカ、今回の件、合格点をあげてもいいわよ。……ただし、あとでたっぷり報告書作成が待ってるけどね」
「……リサ、帰還直後に仕事の話をするのは非論理的よ」
アスカは溜息をつきながらも、どこか誇らしげにリサの視線を受け止めた。
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【舞台:休息のティータイム ―― 五感の悦び】
VOIDのテラス。ゼノスが用意したのは、砂漠の熱を忘れさせるような冷たいミントティーと、バターの香りが豊かな焼き立てのスコーンだった。
「アスカ様、レイ様。改めて、お疲れ様でした。……お召し物がこれほど痛むとは、いかに過酷な戦いだったか推察いたします」
ゼノスは完璧な手つきで茶を注ぐ。カップの中に落ちる液体の音。カチリと触れ合うソーサーの音。 アスカはその「当たり前の音」を一つ一つ、噛み締めるように聴いていた。
「……ゼノス、ミントの配合を変えたかしら? 以前よりわずかに清涼感が強いわ」
「流石はアスカ様。砂漠での疲労には、嗅覚を刺激するのが最適かと存じまして」
「……そう。正解よ」
アスカは満足げに目を細めた。隣では、レイがシュシュと一つのスコーンを分け合いながら、楽しそうに笑っている。
「アスカ、見てください。シュシュちゃん、私のロイヤルブルーのドレスが気に入ったみたいで、ずっと離れないんです」
「それはただ、ゼノスのハーブの香りがドレスに染み付いているからよ……。……でも、悪くない光景ね」
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【舞台:VOIDの夜 ―― 新たな予兆】
宴が終わり、エルムの街が静かな夜に包まれる頃。 アスカは一人、中央演算室のメインコンソールに向かっていた。 ミュート王国から持ち帰った「音の断片」を解析していた彼女の手が、ふと止まった。
背後に気配を感じ、振り返る。そこにはレイが立っていた。
「アスカ、まだ眠らないのですか?」
「……ええ。一つだけ、気になるデータがあったのよ。狂王が音を吸い込んでいた、あの『虚無の穴』の向こう側。……あれは、単なるバグではなかったかもしれない」
アスカが指先で空間を操作すると、砂漠で観測した波形が、再び浮かび上がる。 だが、その波形の深層に、これまで気づかなかった「周期的な信号」が刻まれていた。
「これ……何かのリズム、ですか?」
「いいえ、レイ。これは……『呼び声』よ」
アスカの表情が、これまでの安堵から一転、かつての厳しい賢者のものへと戻る。
「世界の歪みは、ミュート王国だけでは終わらない。……この信号、源流は北の『氷河地帯』。……どうやら、私たちの休暇は、計算よりずっと短くなりそうよ」
レイは少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐにアスカの隣に並び、その手をしっかりと握った。
「どこへだって行きます、アスカ。……今度の旅も、私があなたの隣で歌いますから」
「……生意気ね。でも、期待しているわ」
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【ラストシーン】
窓の外、VOIDの空に浮かぶ無数の浮かぶ星々が、銀色の月光に照らされている。 アスカはコンソールの電源を落とし、窓の外へと視線を向けた。
「レイ。……一つ、聞いてもいいかしら」
「なんですか?」
「……砂漠で、あなたが私のために歌った歌。……あれ、なんていうタイトルなの?」
レイは一瞬、いたずらっぽく微笑むと、アスカの耳元で囁いた。
「秘密です。……次の旅が終わったら、教えてあげます」
「……っ、非論理的な引き延ばしだわ!」
アスカの抗議の声が、静かな演算室に響く。 それは、かつての孤独な賢者の独り言ではなく、親愛なるパートナーとの、温かな二重奏だった。
運命の歯車が、北の凍てつく大地へと、静かに、けれど確実に回り始める。 だが、二人の心音は、何よりも強く、明日への鼓動を刻んでいた。




