第128話:再定義される旋律 ―― 静寂の終わり
【舞台:砂漠の地表 ―― 夜明けの予兆】
崩壊する古城を脱出し、アスカとレイが再び砂漠の地表へと降り立った時、世界は濃紺の闇から、微かな紫へと色を変え始めていた。
一歩、砂を踏みしめる。
「サクッ……」
乾いた、けれど確かな感触と共に響いたその音に、レイは弾かれたように足を止めた。
「アスカ……今、聞こえましたか?」
レイの声は、震えていた。精神同期を通じた脳内への響きではない。自らの喉を震わせ、空気を揺らし、アスカの耳へと届いた、本当の「声」だ。
「ええ。……音波の伝導率、100パーセント。事象の再定義は、完璧に完了したわ」
アスカはそう答えたが、その声もまた、いつもの冷静な響きの中に、隠しきれない安堵の色が混じっていた。
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【舞台:ミュート王国の復活 ―― 歓喜の合奏】
二人が高台から集落を見下ろすと、そこには奇跡のような光景が広がっていた。 暗闇に沈んでいた街のあちこちで、光の粒が弾けるように、音が、命が、爆発していた。
「あ、あああ……声が出る! 婆さん、俺の声が聞こえるか!」
「聞こえるよ、お前さん! ああ、神様……!」
「わああん! お母さん、お母さん!」
遠くから届く、人々の泣き声、笑い声、呼び合う声。 それは、かつての狂王が求めた完成された音楽などよりも、ずっと不揃いで、けれど力強い、生命の合奏だった。 さらさらと砂が流れる音。夜風が岩の隙間を吹き抜ける笛のような音。 世界は、こんなにも騒がしく、そして愛おしい音に満ちていたのだと、二人は改めて突きつけられていた。
「アスカ……みんな、笑っています。……音が戻るだけで、世界はこんなにも温かくなるんですね」
レイの大きな瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。ロイヤルブルーのドレスが、戻ってきた風にさらさらと音を立ててなびいている。
「不合理なほどに騒がしいわね。……でも、私の計算式には、この『雑音』が必要だったみたい」
アスカは、乱れた純白のドレスの裾を軽く払いながら、隣に立つレイを見つめた。
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【舞台:砂漠の夜明け ―― 二人だけの対話】
地平線の端が、鮮やかな黄金色に染まり始めた。 灼熱の太陽が昇る前の、最も清浄で、最も穏やかな時間。 二人は砂丘の頂に腰を下ろし、並んで夜明けを眺めていた。
「アスカ……あの暗闇の中で、私を信じてくれてありがとうございました。五感を失って、一番怖かったのはアスカだったはずなのに」
「……勘違いしないで。私はただ、あなたの心音が私の演算において最も信頼に足る『定数』だと判断しただけよ。……それにしても、あんな状況で私を導くなんて、あなたはいつから私の師匠みたいに偉くなったのかしら?」
アスカはわざとらしく不遜な態度を取ってみせたが、その頬は朝焼けのせいか、あるいは別の理由か、微かに赤らんでいた。
「ふふっ。リサさんみたいだなんて、光栄です。……でも、アスカ。私、少しだけわかりました。アスカがいつも言っている『論理』の本当の意味が」
「……ほう。聞かせて頂戴」
レイはアスカの手をそっと握った。今度は、魔力を流し込むためではなく、ただその熱を感じるために。
「論理とは、バラバラなものを繋ぐための『優しさ』なんですね。アスカが世界を計算するのは、誰も独りぼっちにさせないため。……違うでしょうか?」
アスカは一瞬、言葉を詰まらせた。それから、降参したようにふっと息を吐き、レイの手を握り返した。
「……落第点ね。……そんな甘い解答、私の教科書には載っていないわ。……けれど、その『誤答』のおかげで私が救われたのは事実よ。……認めてあげるわ、レイ。今回の旅の功労者は、あなたよ」
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【ラストシーン】
太陽が完全に姿を現し、砂漠を一瞬にして黄金の海へと変えた。 まばゆい光の中で、アスカは立ち上がり、銀色の水筒――ゼノスが持たせてくれた、もう空っぽに近いそれを掲げた。
「さあ、帰りましょう。エルムの街へ。……騒がしい連中が、きっと今頃、私たちの無事を祈って、もっと騒がしい宴の準備をしているはずだわ」
「はい! リサさんも、シュシュも、ゼノスさんも……みんなに、この音を届けたいです」
レイも立ち上がり、アスカの隣に並んだ。 純白のドレスと、ロイヤルブルーのドレス。 対照的な二つの色は、朝陽の中で溶け合い、一つの美しい旋律のように砂漠に刻まれていた。
「レイ。……一つだけ、約束しなさい」
「なんですか? アスカ」
アスカは地平線を見つめたまま、静かに、けれどもはっきりと告げた。
「……これからは、私の隣で、もっと大きな声で笑いなさい。あなたの笑い声は、私の演算に最も適した『良質なノイズ』だから」
レイは一瞬驚いたように目を見開き、それから、今までで一番輝かしい笑顔を見せた。
「はい、アスカ! ……大好きです!」
「……っ、そんな大声で言わなくていいわよ、馬鹿レイ!」
赤面して歩き出すアスカと、それを追いかけるレイ。 二人の笑い声と足音が、目覚めたばかりの砂漠に心地よく響き渡る。 静寂の終わりは、新しい物語の始まり。 二人が奏でる旋律は、どこまでも続く黄金の道の先へと、軽やかに広がっていった。




