表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

129/139

第128話:再定義される旋律 ―― 静寂の終わり

【舞台:砂漠の地表 ―― 夜明けの予兆】


 崩壊する古城を脱出し、アスカとレイが再び砂漠の地表へと降り立った時、世界は濃紺の闇から、微かな紫へと色を変え始めていた。


 一歩、砂を踏みしめる。


「サクッ……」


 乾いた、けれど確かな感触と共に響いたその音に、レイは弾かれたように足を止めた。


「アスカ……今、聞こえましたか?」


 レイの声は、震えていた。精神同期リンクを通じた脳内への響きではない。自らの喉を震わせ、空気を揺らし、アスカの耳へと届いた、本当の「声」だ。


「ええ。……音波の伝導率、100パーセント。事象の再定義は、完璧に完了したわ」


 アスカはそう答えたが、その声もまた、いつもの冷静な響きの中に、隠しきれない安堵の色が混じっていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:ミュート王国の復活 ―― 歓喜の合奏】


 二人が高台から集落を見下ろすと、そこには奇跡のような光景が広がっていた。 暗闇に沈んでいた街のあちこちで、光の粒が弾けるように、音が、命が、爆発していた。


「あ、あああ……声が出る! 婆さん、俺の声が聞こえるか!」


「聞こえるよ、お前さん! ああ、神様……!」


「わああん! お母さん、お母さん!」


 遠くから届く、人々の泣き声、笑い声、呼び合う声。 それは、かつての狂王が求めた完成された音楽などよりも、ずっと不揃いで、けれど力強い、生命の合奏アンサンブルだった。 さらさらと砂が流れる音。夜風が岩の隙間を吹き抜ける笛のような音。 世界は、こんなにも騒がしく、そして愛おしい音に満ちていたのだと、二人は改めて突きつけられていた。


「アスカ……みんな、笑っています。……音が戻るだけで、世界はこんなにも温かくなるんですね」


 レイの大きな瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。ロイヤルブルーのドレスが、戻ってきた風にさらさらと音を立ててなびいている。


「不合理なほどに騒がしいわね。……でも、私の計算式には、この『雑音』が必要だったみたい」


 アスカは、乱れた純白のドレスの裾を軽く払いながら、隣に立つレイを見つめた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:砂漠の夜明け ―― 二人だけの対話】


 地平線の端が、鮮やかな黄金色に染まり始めた。 灼熱の太陽が昇る前の、最も清浄で、最も穏やかな時間。 二人は砂丘の頂に腰を下ろし、並んで夜明けを眺めていた。


「アスカ……あの暗闇の中で、私を信じてくれてありがとうございました。五感を失って、一番怖かったのはアスカだったはずなのに」


「……勘違いしないで。私はただ、あなたの心音が私の演算において最も信頼に足る『定数』だと判断しただけよ。……それにしても、あんな状況で私を導くなんて、あなたはいつから私の師匠リサみたいに偉くなったのかしら?」


 アスカはわざとらしく不遜な態度を取ってみせたが、その頬は朝焼けのせいか、あるいは別の理由か、微かに赤らんでいた。


「ふふっ。リサさんみたいだなんて、光栄です。……でも、アスカ。私、少しだけわかりました。アスカがいつも言っている『論理』の本当の意味が」


「……ほう。聞かせて頂戴」


 レイはアスカの手をそっと握った。今度は、魔力を流し込むためではなく、ただその熱を感じるために。


「論理とは、バラバラなものを繋ぐための『優しさ』なんですね。アスカが世界を計算するのは、誰も独りぼっちにさせないため。……違うでしょうか?」


 アスカは一瞬、言葉を詰まらせた。それから、降参したようにふっと息を吐き、レイの手を握り返した。


「……落第点ね。……そんな甘い解答、私の教科書には載っていないわ。……けれど、その『誤答』のおかげで私が救われたのは事実よ。……認めてあげるわ、レイ。今回の旅の功労者は、あなたよ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 太陽が完全に姿を現し、砂漠を一瞬にして黄金の海へと変えた。 まばゆい光の中で、アスカは立ち上がり、銀色の水筒――ゼノスが持たせてくれた、もう空っぽに近いそれを掲げた。


「さあ、帰りましょう。エルムの街へ。……騒がしい連中が、きっと今頃、私たちの無事を祈って、もっと騒がしい宴の準備をしているはずだわ」


「はい! リサさんも、シュシュも、ゼノスさんも……みんなに、この音を届けたいです」


 レイも立ち上がり、アスカの隣に並んだ。 純白のドレスと、ロイヤルブルーのドレス。 対照的な二つの色は、朝陽の中で溶け合い、一つの美しい旋律のように砂漠に刻まれていた。


「レイ。……一つだけ、約束しなさい」


「なんですか? アスカ」


 アスカは地平線を見つめたまま、静かに、けれどもはっきりと告げた。

「……これからは、私の隣で、もっと大きな声で笑いなさい。あなたの笑い声は、私の演算に最も適した『良質なノイズ』だから」


 レイは一瞬驚いたように目を見開き、それから、今までで一番輝かしい笑顔を見せた。


「はい、アスカ! ……大好きです!」


「……っ、そんな大声で言わなくていいわよ、馬鹿レイ!」


 赤面して歩き出すアスカと、それを追いかけるレイ。 二人の笑い声と足音が、目覚めたばかりの砂漠に心地よく響き渡る。 静寂の終わりは、新しい物語の始まり。 二人が奏でる旋律は、どこまでも続く黄金の道の先へと、軽やかに広がっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ