第108話:論理の果て ―― 聖教国の終焉
【舞台:監視塔・上空 ―― 最終演算の領域】
空は、白銀と漆黒の二色に分かれていた。 聖獣オブリビオンが放つ無の波動と、アスカが展開する極大の青白い魔導陣。その激突点では空間が絶え間なく爆ぜ、次元の礫が火花となって飛び散っている。
「……アスカ様、もう限界ですニャ! でも、絶対に離さないですニャ!」
シュシュが、鋭い爪をアスカの肩に立てて叫ぶ。シュシュの五感はアスカの意識と直結し、オブリビオンの流動する核を、情報の荒波の中から必死に捉え続けていた。
「アスカ様、私の命を使ってください! この痛みの源を……私たちの手で終わらせるために!」
レイが、アスカの背中を支える腕に力を込める。彼女の瞳には、かつての「犠牲の聖女」の悲壮感はない。アスカに名前を授けられ、自らの意志で明日を掴もうとする強靭な光が宿っていた。
「……ふふ、二人とも、最高に非論理的で……最高のパートナーね」
アスカは、血に濡れた唇を吊り上げ、不敵に笑った。 彼女の純白のドレスは既にボロボロになり、肩は剥き出しで、裾は焦げ付いている。しかし、その立ち姿は、どんな王族よりも、どんな神官よりも気高く、美しかった。
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【舞台:最終決戦 ―― 因果の解体】
「グラシウス! 見ていなさい! これが、あんたが切り捨てた『感情』という名の、最強の変数よ!」
アスカが指先を天空へ突き出すと、彼女の背後に展開されていた数万の魔導陣が、一つの巨大な「剣」の形へと収束し始めた。青白い銀光が渦を巻き、オブリビオンの虚無を力技で押し返していく。
「おのれ……! たかだか一人の賢者が、千年の安寧を、神の理を否定するというのか!」
虚空からグラシウスの断末魔のような叫びが響く。
「神の理? 笑わせないで。一人の少女に絶望を押し付けなければ維持できない平和なんて、それは平和じゃなくて『怠慢』よ。そんな欠陥だらけの三流の数式、私が今ここで、根底からデリートしてあげる!」
アスカの脳内では、シュシュの嗅覚が捉えた「悪意の核」の座標と、レイから供給される精神エネルギーが、かつてない速度で結合されていた。
「シュシュ! 核の座標、固定!」
「固定完了ですニャ! 12時方向、事象の最深部、一文字も逃さないですニャ!」
「レイ! 痛みを、光に変換して!」
「はい……! これが、私たちの『答え』です!」
アスカの周囲に、聖都セレスティアの全域を照らし出すほどの眩い銀光が炸裂した。
「論理崩壊――。全事象、再定義完了! 消えなさい、過去の遺物!」
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【舞台:終焉と解放 ―― 灰色の空へ】
アスカが振り下ろした右手に呼応し、青白い光の剣がオブリビオンの核を貫く。
ドォォォォォォォン!!
物理的な音を超えた、魂を震わせるような衝撃波が聖都を駆け抜けた。
数万の「顔」が絶叫を上げ、オブリビオンの巨大な肉体が、内側から溢れ出す銀光によってひび割れていく。それは「痛み」が消えたのではない。数千年分、澱のように溜め込まれていた「負の因果」が、アスカの論理によって正しく分解され、清浄な魔力へと還元されていく姿だった。
「……あ……ああ……」
レイの目から、涙がこぼれ落ちた。 空を覆っていた漆黒の雲が霧散し、その隙間から、偽りではない本物の「朝の光」が差し込んでくる。オブリビオンは粒子となって消え去り、同時に、聖都全域を縛っていた聖教国の魔導回路も、静かにその機能を停止させた。
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【ラストシーン】
監視塔の屋上に、静寂が戻った。 アスカは、力尽きそうになる体をレイとシュシュに預け、ゆっくりと崩れ落ちた。
「……計算、終了。……完璧ね」
「アスカ様! 大丈夫ですニャ!? 顔色が真っ白ですニャ!」
シュシュが心配そうにアスカの顔を舐める。
「ふふ……少し、頭を使いすぎただけよ……」
アスカは、レイの手を弱々しく、しかし確かに握り返した。
「レイ……。明日から、この国は大変よ。痛みが戻り、魔法の奇跡も消えた。……本当の意味で、不自由で、面倒な世界が始まるわ」
レイは、朝日に照らされたアスカの顔を、慈しむように見つめた。
「ええ……。でも、もう怖くありません。私には、痛みを分かち合ってくれる友達がいますから」
三人が見つめる先では、聖都の国民たちが、自分たちの足で立ち上がり、朝日に向かって歩き始めていた。 泥にまみれ、引き裂かれた純白のドレス。それは、一人の聖女を救い、一つの偽りの国を終わらせた、世界で最も美しい「勝利の証」だった。
アスカは、晴れ渡った空を見上げ、満足げに目を閉じた。 彼女の論理の果てに待っていたのは、冷たい数式ではなく、不器用で、熱い、人間の体温だった。




