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第107話:事象崩壊 ―― 賢者の限界点

【舞台:監視塔・屋上 ―― 激突の最前線】


 世界が、悲鳴を上げていた。


 聖獣オブリビオンが放つ「虚無」の波動と、アスカが展開する青白い魔導陣が激突した瞬間、監視塔の周囲の空間はガラス細工のようにひび割れた。空は紫と黒が混ざり合い、物理法則が崩壊した影響で、瓦礫が重力を無視して宙へ舞い上がっている。


「……っ、ぐうぅ……! なんて、質量なの……!」


 アスカの細い指先が、激しく震えていた。 彼女を包む純白のドレスは、限界を超えた演算の負荷に晒され、裾から銀の粒子となって霧散し始めている。眼前に展開された幾千の青白い魔導陣は、オブリビオンの吐き出すドス黒い霧に触れるたび、耳を刺すような不協和音を立てて砕け散っていた。


「アスカ様! 魔導陣の修復が追いついていないですニャ! このままじゃ、アスカ様の脳が焼き切れてしまうですニャ!」


 シュシュが、アスカの足元で必死に叫ぶ。シュシュの黄金の瞳には、アスカの口元から伝う一筋の血が映っていた。


「うるさい……わね……。計算は……まだ、終わって……いないわ……!」


 アスカの視界は、既に赤く染まっていた。 オブリビオンが身震いするたび、数千年分の「捨てられた痛み」が物理的な圧力となってアスカを押し潰す。それは論理で割り切れる範疇を、とうに超えていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:侵食される理性 ―― 絶望の波】


「無駄だ、賢者よ……。それはお前一人の手に負える代物ではない」


 虚空から、グラシウスの呪詛のような声が響く。 オブリビオンの巨大な触手が、アスカの防御結界を力任せに叩きつけた。


 バリィィィン!


「あ……がっ……!」


 最大の防護壁が砕け、アスカが膝をつく。青白い光が急激に弱まり、代わりに死の霧が監視塔の屋上へと流れ込んできた。


「アスカ様!!」


 レイが叫び、倒れそうになるアスカの背中を支えた。


「……レイ、離れて……。今の私に触れると……あなたの精神まで、逆流した因果に……飲み込まれる……」


 アスカの声は掠れ、意識の混濁を示していた。彼女の誇る超高速演算は、オブリビオンという「無限の負」を前に、処理落ち(ハングアップ)を起こしかけていたのだ。


「嫌です! 私はもう、守られるだけの『器』じゃない! アスカ様が私のために魔力を半分くれたのなら、私はそれを全て、アスカ様の盾にするために使います!」


 レイは魔力を集中し、震えるその掌で、アスカが展開している魔導陣の「核」へと重ねた。


「レイ様……無茶ですニャ! でも、ボクも負けてられないですニャ!」


 シュシュがアスカの肩に飛び乗り、全身の毛を逆立てる。


五感スペックを全部、アスカ様の演算ブースターとして提供しますニャ! 視覚、聴覚、触覚……全部持っていくがいいですニャ!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:不完全な三位一体 ―― 決死の接続】


 アスカの脳内に、爆発的な情報が流れ込んだ。 シュシュが捉える超鋭敏な世界、そしてレイが23年間耐え抜いてきた「苦痛への耐性」。


「……二人とも……非論理的な、真似を……」


 アスカの瞳に、再び鋭い銀光が灯った。 二人の支えにより、アスカの演算領域は、自分一人では到達できなかった未知の領域へと接続される。


「シュシュ、オブリビオンの『核』の座標を五感で固定して! レイ、あなたの耐性で、逆流する痛みを一ミリセカンドだけ食い止めて!」


「了解ですニャ!」


「やってみせます……!」


 アスカは、血に濡れた唇で不敵に笑った。 彼女の周囲に、これまでとは比較にならない規模の青白い魔導陣が、監視塔を核として、王都全域を覆うほどの巨大な翼となって広がっていく。


「……いいわ。一人の知恵で勝てないなら、三人の『意志』で、このバケモノの定義を書き換えてあげる!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 オブリビオンが、最大級の虚無を凝縮させ、最後の一撃を放とうとした。 空が、完全に光を失い、無へと塗りつぶされていく。


 だが、その中心で、アスカは真っ直ぐに右手を掲げた。 彼女を支えるレイとシュシュ。 泥にまみれ、引き裂かれたドレスを纏いながら、三人の絆が紡ぎ出す青白い光は、漆黒の巨獣を真っ向から迎え撃つ。


計算開始バースト・リンク――。……さあ、ゴミ捨て場の掃除を終わらせるわよ!」


 アスカの指先から放たれた極大の銀光が、オブリビオンの虚無を押し返し、世界を白銀の奔流で満たした。 その輝きの中で、アスカの背中を見つめるレイの目には、かつて見たどんな聖典よりも神々しい、「明日」を切り開こうとする人間の姿が焼き付いていた。


 激突の衝撃が王都を揺らし、光と闇が混ざり合う境界線で、三人の叫びが天を突いた。


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