第五十六話 止水
――少し前の『最上萌』と金沢――
「萌さん。君も白井がおかしいのに、気付きましたね」
金沢家のカレー屋さん。最上萌と金沢はゆったりとイスに座って、語り合っている。
「うん。モエが最上家に来たときから、気になってたの。でもあの人いつ姉ちゃんに手を出すのかがわからない」
萌は一口、水を口に含む。
「そうですね。ならば、『コイツ』はどうですか? 間違いなく、『罪を償う』という点では、彼しかいません」
金沢はスマホを取り出し、ある人の顔写真を萌に見せる。
――最上咲良の視点――
白井はハサミを持って、悠々と私に近づく。
「川口も、玉緒もおまえを殺せなかったのは驚いた。でも、今日、俺がおまえを殺してやる、殺してやる最上咲良」
「白井……どうして」
いや、私もなんとなくわかる。
あの日か……私は彼の告白を断った日。たしかに心苦しい言葉を吐いてしまった。
「『どうして』って? 俺は川口と玉緒と似たような者だ。でも、アイツらと違って俺は優しくない。徹底的におまえを――殺す」
シュッ。
またハサミの刃が近づく。一回目よりも読みやすかったけど、頬を掠られてしまった。
右頬が痛い、横に線がなぞられた灼熱感がする。ほっぺからほろりと赤くて熱い液体が流れる。
「避けんなよ、最上咲良。避けてもここに人はやってこねえよ」
もう言葉が出なくなっちゃった。千里くんという大切な人ができたのに、白井に思いっきり嫌われちゃっていた。
過去に二度も死を掠った私は、そんなに怖くないかも。
シュッ。
三度目の刃がやってくる。体が重くて、もう刺されそう。
いや、怖くなくなっているのではなく、何度も私を助けた男がいるから、私はここにいる――。
「最上さん!!」
千里くんだ、でも、彼と私の距離は数十メートルもある。ついでに金沢もいる……なんでだろう。
刃が私の肌に触れる。冷たい。
スパン。
ん? 刃が頬に掠った……でも、刺されてない。ハサミが、ある長身の姿に蹴り飛ばされた。
私よりも先に、白井が声を漏らした。
「川口!!」
「――罪を、償いにきた。咲良ちゃん」
なんで、ここにいる??
白井はすぐに落とされたハサミに足を飛ばせる。しかし駆けつけた千里くんは白井を抱きしめ、拘束させた。
「動くな、白井!」
「ハサミ……ハサミ!! どけ!! 泉!!」
白井はもがいてもがいて、手をハサミに近づける。しかし後を追った金沢は、ゆっくりハサミを拾う。
「ありがとうございます、川口さん」
金沢はハサミを胸ポケットに入れる。
私はホッと息を吐き、さっき助けてくれた男に顔を向いた。
「ありがとね、川口」
「…………」
「なんか話してよー」
「僕、先生を探しにいく」
川口は頬を赤らめて、その場から走って逃げ出した。
※
その後、白井は先生に捕まえられ、指導を受けることになった。
私たちは一日の休暇をもらい、例のカフェに落ち着きに来た。
私、千里くん、川口、金沢。この四人のメンバーが揃ったのは初めてかも。ほんらいなら、白井もいたのかな。
まずは、千里くんが声をあげた。
「あぶなかったぁー! てか、なんで川口がいんの?」
金沢は一口ブラックコーヒーを飲み、口を開く。
「萌さんと相談してたんです。白井はきっと危険な人物だと知って、咲良さんをどう救うのか。川口さんよりも向いてる人物はいませんよ」
川口も言葉を追って、会話を続ける。
「とりあえずハッピーエンドでしたね、僕も萌さんに刑務所から勝手に出されたんで、戻るよ」
そして私。
「ありとね! 川口。またね」
――一方、泉千里の視点――
心がハリに刺されたかと思った。
カフェオレを一口含む。こうやって振り返りをしたのは、初めてだ。
白井がいつもいっしょに振り返ってくれるのに、犯人はあいつだったのかよ。
「千里くん」
俺の心が、再びドクンと鳴る。
「あとで、私のとこに来てくんない?」




