第四十四話 今だけ、こうしてもいいかな?
「玉緒さんが背負った全部、全部、俺に投げ出してください……俺は最上さんを助けたいだけじゃない……心から償いたいんだ!」
こんなかっこつけた言葉を吐くつもりはなかった。でも、心にある玉緒さんとの思い出が「こう言え」と喚いている。
「泉くん……私がつくったチョコレート、おいしかったぁ?」
「程よい甘さで、おいしかったです」
ほんのり甘いチョコの香りが、また俺の口中で広がっているかのように、唾をのむ。
「私との、成績勝負……毎回、楽しかったぁ?」
「楽しかったです」
一つでもテストで、俺に勝ったときにドヤ顔を寄せてくる玉緒さんを思い出す。
「私の口癖……気にしてないよね? 嫌だと思ってないよねぇ?」
「気にしてません、むしろ個性的です」
わ、わよ……思い返せば玉緒さんの可愛いところでもあった。
「私といる時間……無駄、じゃなかったよね?」
「無駄じゃないです。むしろ……楽しんでました」
休み時間、彼女は他の子と違い、女子集団に入り込むのではなく、俺のそばに近寄っていた。
「私のこと――好きだったよね?」
「…………好きでした」
今は最上さんと付き合っている。だから玉緒さんに恋人になりたい感情が湧かないけど。
もし昔であれば、俺は彼女の告白に応じていたのかもしれない。
カチャン。
嫌な金属音が、地面に落ちる音が響き渡った。
「玉緒さん、彼女を離してくれますか?」
「……うん」
玉緒さんは手で涙を不器用に拭きとり、最上さんをそばから離した。最上さんは白井のほうに足を運び、まだ怖がっているように首元を触る。
「泉くん、抱いても、いいかな? 早いかな?」
「いいですよ」
俺の心が鎮まる。なにも考えたくない。
玉緒さんをギュッと抱きしめる。
体から伝わる彼女の体温、体の柔らかさ。優しく俺を包んでいるみたい。
「私のこと、許してくれる?」
「俺じゃあ、言えませんよ」
彼女は頭を俺の胸元に近づけ、すりすりと擦る。癒されるあたたかな空気、それが次の瞬間から飛ばされる。
「玉緒さん?」
「ありがとね、もうなにも悔いはないわよ」
彼女は俺のそばから離れ、最上さんのほうに顔を向ける。
「私ったら、犯罪起こしちゃった。もうこれ以上、罪を増やしたくないし、なにより泉くんを傷つかせたくない」
「え……」
「私、自首する。さっきの約束は忘れていいよ」
なにを言っているの? なにも言葉が出ない。喉に石が詰められたように、声が出ない。
「最上咲良」
「はい!!」
最上さんはピンと姿勢を正した。
「泉くんを、幸せにさせてね。これはお願いじゃなくて、命令だからね」
ウッと最上さんは一瞬、声が出なくなったが、その後すぐに目の輝きが戻って返答する。
「もちろんだよ。安心して」
「それはよかった」
いきなり、どうして? 理解しきれない俺は、すぐさま玉緒さんの肩を触る。
「いいんですか?」
「いいのよ! 私の目的は泉くんを幸せにさせることであって、私のものにするつもりはなかったの。今までやったことは……ただの嫉妬よ」
「…………」
俺の脳内は、彼女といっしょに成績勝負をしていた頃の映像が流れる。現国で負けた覚えも、総合点で圧勝して彼女をアオった瞬間も。
「ありがとね、泉くん。かつての私を幸せにしてくれて……これからは、君が幸せになるんだよ!」
「う、うん……」
「これも、私からの命令だわ」
彼女はすでに黒に染められた道端に足を運ぶ。
しかし彼女の前方に、思わぬ人物たちが現れる――。




