36 - 2
クリームソースに絡まるのは、生ハムの塩気と枝豆の香り。ありふれたチェーン店とはいえ、ありふれた味を提供するわけではないこの店の姿勢に、食事をとる度に感心する。コーヒーなどは別に、それこそありふれているのだが。他のチェーン店と敢えて比べれば、ブレンドよりアメリカンの方が口に合う。
紫煙の香りに身を取り巻かれながら静かにパスタを口に運べるのは、奥の部屋の特権だったりする。誰もが誰にも興味がないという環境は、時として憩いになるし、時として不安にさせられる。今のような憩いの時間を作れるところが、この店のこの店舗を気に入る理由でもあった。
ふう、と一息つき、何一つ残っていない――しいて言えば麺で筋を作ったクリームソースが付いている――皿を一度見詰めてから、サラダが入っていた器と横並びに置いてアイスコーヒーを引き寄せた。すると、ガラスの向こうから、あれ、という顔をした青年がこちらを見た。その青年の顔はすぐに、先程のように精気が抜けた顔になった。にも拘らず、こちらを控えめに見たまんまガラスのドアを引いて入ってきた。
「お疲れさまです」
「お、う。お疲れさま」
一瞬怖気付いてしまったが、すぐに何事もなかったかのように挨拶をした。かと思うと、青年は俺の席のテーブルを挟んで向こう側の席に着いた。手には同じグラスを持っていた。入っているのはグリーンスムージーか。
「……」
「……」
加地が何かを言いたそうだと口を開くのを待ったが、何故か何も言わずに空になった皿を見下ろしたままだ。意味の分からぬ沈黙が流れる。
「……」
「……あの、この、ここ、喫煙席って」
「うん」
いきなり切り出された内容に驚いて返事に困ったが、取り敢えず相槌を打ってからストローを咥えた。
「なんか、落ち着きますよね。皆、静かで。俺、煙草とか吸わないんですけど」
「せやね。俺も吸わんねん。それでも、ほんま、言う通り静かやからここにおるんやけど……煙の臭いとか気にならへんのん」
「あんまり。友達とかが吸っててもなんも思わない方で」
枕のような会話を進めながらも、加地は皿より少し上、俺の胸元あたりを見たまんま、目を合わせてくれることはないようだ。
「やっぱり。俺もやねん。臭いは臭いけど、外よりなんでかこっちの方が落ち着くねんな」
「ですよね。それに、あっちの席が足りなくても、比較的こっちの方が空いてますし」
「せやんなあ。やっぱり禁煙ブームよな、ここ数年。吸える場所も少ななってきたし、健康のこともよう言われるようになったし」
「喫煙者の人口が減ってきたってことですよね」
「生きづらいやろなあ。代替えみたいなんも出てきたけど、美味しないみたいやし。まあ、元々の煙草の美味しさも知らんけどもよ」
今度は首あたりに視線が上がってきた。しかし、俺の方も気不味さはあるもので、それ以上視線が上に来ないことを願った。
それにしても、偶然見かけたからとはいえ、何故相席などしてきたのだろうか。と疑問を脳内で巡らせているうちに、また、加地は黙り込む。
「……」
「なあ、加地くんよ」
俺は、意味の分からない沈黙がむず痒く、こちらから切り出してみた。加地には伝わっただろうか、別件だと。加地もこの話をしたいに違いなかった。
「傷、舐めてほしいか」




