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「……それでも、なんだかよかったです。ミチルさん、幸せなんですね」
「村瀬も、な」
「はい……」
マスターが他の客から下げて戸塚のところへやってきた皿を洗う手が止まり、顔は下げたまま、戸塚は宙を見た。寂しそうに、笑っていた。
「ミチルさん、村瀬さんとよくここに来るようになった以前に、小野上さんと……かと、何回も来てたじゃないですか」
「そうやね」
「なんで、そんな場所に好きな人を連れてきたのか、全然理解できなかったんですよね」
「普通に、この店が好きやったからとちゃう」
「そうなんです、それは。有難いことに。でも、きっと、それ以外の目的もあった」
再び、戸塚は淡々と皿洗いを始めた。俺は、戸塚の言葉選びに引っ掛かり問うてみる。
「目的」
「そう。……ずるいんだよなあ。構ってほしかったんですよ」
穏やかな口調ながらも、眉間に寄った皺は嫉妬を語っていた。
「実際、相手してもらってたみたいじゃないですか。その……いつかまた、この店で昔の人間と会うかもしれないのに。その時の、擦れ違った瞬間の雰囲気とか、思わず目で追ったり追われたりとかで、わかりますよね。……それで、村瀬さんの中に『嫉妬』という感情を埋め込んで、構ってほしかったんですよ、ミチルさん」
そういう見方があっただなんて。俺は、ミチルと会うことに溺れていて、もちろん村瀬から嫉妬を買っていたことはわかっていたが、そこまで巧妙なやり口を考えていたなんて気付けなかった。
「きっと拗れたからです、二人で一緒に来なくなったのって。それは、ミチルさんが村瀬さんと一緒に来るのを避けて、そうすることで村瀬さんの妄想を肥大化させて嫉妬を拗らせるためだったんですよ」
そうして、戸塚は一つ息をついてから、渋そうに顔をしかめた。
「そして、いつか来てくれることを望んで、村瀬さんを試していたんです」
戸塚がシンクの上に大きな溜め息を吐くのを見た。そして顔を上げ、可哀相に、と言いたげに眉尻を下げて笑いかけてきた。しかし目の奥の、負けを認めたままの嫉妬心は変わらぬまま、悲しく光っていた。
「あの日、うちに来たじゃないですか、村瀬さん。びっくりしたなあ。血相変えて、必死で。悔しかったなあ」
ひとりごちながら、ふふ、と小さく漏らした笑顔は、結局は好きな人の幸せが嬉しい、と表していた。「あんなことがあったのに」と。それでももう、村瀬の顔を見ることができなくなった事実には寂しさでいっぱいのようだった。




