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「いつもここにはお世話になってんのになあ。あんなところにあるなんて。わからんもんやな。通り過ぎたことがあっても覚えてへんだけかもしやん」
色んな太さの製図ペンを描き比べひとりごちていると、ピンクや黄緑であちこちを塗り、試し書きしている戸塚が感心したような声をあげた。
「あ、このペン可愛いですね」
「コピックか」
「うん。初めて見ました。グラデーションとか、作れるんですね」
「絵え描くん、好きなんか」
「いいえ。でもこれ、ちょっと面白いなって」
「これを機に描いてみるか」
「まさか。あ、でも、俺学校では美術の成績良かったんですよ」
ふふん、と高い鷲鼻を鳴らして自慢げに言う戸塚は茶目っ気があり可愛らしい。店でも、色んな客から可愛がられるのも頷ける。少し、ぶりっ子体質なのだろう。端整で柔和な顔立ちだからこそ許されるところもある。
本当に、意外とそういうものが好きなのかパステルやグリーシーペンにも興味を持ったようで、しばらくそのフロアで二十分ほど時間を潰した。その活き活きとした、鼻筋の通った横顔には確かに「陽」の表情で愛嬌があり、二ヶ月前に別れた彼の真逆の横顔を思い出した。彼の横顔は、いくら楽しそうにしていても、一分一秒、翳りと憂いを思わせた。
ふっ、と戸塚がこちらを見遣った。目を丸くしていた。
「小野上さん、大丈夫ですか」
「え」
「顔色悪いですよ。ちょっと休みますか」
「いや……まあ、ええよ……」
きっと戸塚なら俺がよそ事を、しかも、誰のことを考えていたのかを察することができた筈だ。それでも戸塚は何も言わないし、あくまでも俺の体調が悪そうな顔をしているということにして様子を伺ってくれている。戸塚は、両方の目尻に一本ずつ線を描いて柔らかく笑った。
「俺、ちょうどお腹が空いてきたところなんです。十三時も過ぎてるところですし、お昼にしません」
「あ、え、そうなん。そういやお腹空いてきたような……」
言っているそばから、グギュルルルル、と大きな音が腹から響き、一瞬周りの客がこちらを見た。数人はハッ、とした顔をしたが、何事もなかったかのように元の方向へ目線を戻す。一人だけ急いでスマホを触ったので、そろそろか、と思った。
と、思うとキュルル、と後を追うように可愛らしい音が戸塚の腹からも聴こえた。
「へへっ、行きましょ行きましょ」
照れ臭そうにはにかむと、また無意識か、戸塚は俺の腕を掴んでエレベータへ向かった。




