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 店内の片隅に置いてあった荷物入れの籠をテーブルの下に置かせてもらい、俺のボディバッグと戸塚のショルダーバッグを入れた。その横に、入りきらなかった二つの紙袋を、地べたに立てて寄り添わせる。


「小野上さんは、今のお仕事を辞める訳ではないんですよね」


 注文したものを待っている間、グラスの冷水を口にしながら戸塚が問いかけてきた。


「うん。やから……なんて言うんかな。支援、かな。出資やとなんか……権力の臭いするけどさ」

「でも……俺、返さなくてもいいなんて、そんなお話……」

「それは分かる。でも、俺も戸塚くんと『居場所』を作っていきたいんよ。君には、その力がある。だから……一緒に作るって言うよりは、付いていきたい、なんて」


 手にしたグラスの腹に人差し指で線を描くと、たらたらと水滴が伝い落ちてテーブルの輪染みを広げた。


「はあ……でも、俺……」

「ん」


 戸塚は不安かつ申し訳なさそうな表情を浮かべて眉尻を下げ、テーブルの上のグラスを両手で支えて縁を眺めている。しかし、続いた言葉は、弱々しい語気を発しながらもしっかりとした、頑なな芯が見えた。


「こうやって小野上さんと話して、何度もおんなじこと話して、グダグダ迷ってるうちはやっぱり希望があるからなんですよね、きっと」


 そう、この会話はずっと前、もう一年程前から交わされていた。初めて切り出した時点でもう、戸塚の態度を見て決まっていた。それを気長に待てるのは、俺自身も戸塚の甲斐性を見込んでのことだった。


「そやね。でも、もうそろそろ君の答えが聞きたい。……って言うて、もう、決まってんねやろ」

「……はい」


 戸塚はグラスからゆっくりと顔を上げた。希望と、懇願と、不安と、それより強い決意の目が俺の瞳を見据えた。


「支援、受けてもいいですか。俺……やりたいです」

「もちろん。待ってたよ、その気持ちが聞けるの」


 目を細めてテーブルの上へ両手を差し出しす。戸塚の手が伸びてきて、ひし、と掴まれた。


「本当にすみません。有難くて、本当に、こんなこと……」

「俺が望んだことやから。俺も力になるよ」

「はい。俺……楽しみです。やっと願いが叶う」


 切なる想いを噛み締めるように目を細める戸塚の表情を見ると可愛いわが子に声援を送る気持ちになり、父性のようなものが擽られる。そこに、頼んでいたシャンパンとサングリア、そしてカルパッチョやマリネ、骨付きチキン、ミニハンバーグ、フライドポテト、大盛りの野菜たちが一皿にまとめてやってくる。握手をしていた手を離した。


「おお、美味しそう」


 目を輝かせている戸塚を見ながらグラスを軽く持ち上げると、戸塚もグラスを持ち上げ、息を合わせ小さく挙げて「乾杯」と合図を交わす。二人してグラスに少し口を付けるとテーブルに下ろした。


「好きなの取っていいですか」

「もちろん」


 最初に食べる分だろうか、少しずつ品々を取り皿に乗せている戸塚の表情は活き活きとしていて微笑ましく、しかし、三つあるうちの二つのチキンをきっちり攫っていき、少し残念な気持ちになった。仕方がない。


「こうやって、色々食べて、いっぱい食べて、美味しい味を探していかないと」

「そやね、これから色んなところ食べに行こな」

「はい。あ、でも、それもだけど、食品衛生責任者の資格も取らないと。あと、防火管理者……でしたっけ」

「そうそう」


 いくら会食の場が多いとは言え、堅苦しい店に多く行ったことがないこの不器用な手付きを戸塚はどう見ているのだろうか。今居る店が決して堅苦しいわけではない、カジュアルな雰囲気のフレンチなのに、自由が利かない。自由に食器を使おうと思うと恥ずかしいような気がするので緊張してしまう。

 対して、調理に慣れているからか、勉強しているからか、戸塚のナイフやフォークの使い方は美しく丁寧で、こんなにも食べやすそうに魅せてしまうのだなと感心してしまった。とは言え、戸塚が他人の礼儀作法に口五月蠅く言う方ではないのはわかっているのだが。


「ん、アジ美味しいですね。邪魔せず柚子が香り高くて好きです、この味」

「え、あ、ああ」


 感心しながら、やはり、考えてしまう人がいた。彼となら、こういう、慣れているような慣れていないような場所で、どう振る舞えばいいのか一緒に悩めたし、食べ方だって作法の知識が互いに曖昧なためにぎこちなく食べ進めたとしても、恥ずかしさもなかっただろう。かと言って、今恥ずかしい思いをしているわけでもないが。ただ自分に軽くやきもきするかしないかだけの話だ。

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