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32 - 1

 愛おしさ、慈しみ、庇護欲、独占欲。それらを込められた手で頭を撫でられるミチルの寝息は規則正しく、彼自身へ寄せる安心感や信頼を見ることができた。大切そうに、大切そうに髪を撫でると、村瀬は割れ物にでも触れるかのように、左のこめかみの毛を耳にかけた。顔の造形を確かめるように、じっ、と見詰めて三十秒以上は経っただろうか。額に唇を寄せて布団の上からミチルの腹部に手を添えた。


「やっと……手にした。俺だけのものになった」


 ミチルの腹を、子どもを寝かしつけようとあやすように撫でながら、ぽそり、と言葉を漏らしはじめた。


「ミツはいつも、無理してたから。俺が知ってたときから、もうそうだった」


 それは、ミチルに言い聞かせるようだった。が、俺に知らしめるためにも思えた。「俺の方がミツのことを知っている」と。


「中学の時さ、同じクラスにはならなかったけど……。ずっと見てた。『無理してる』って思いながら見てた訳じゃないけど」


 肘を突いていた左手でミチルの旋毛を掻いた。


「強そうで、かっこよかったんだよ、お前。不良でさあ、制服なんかめちゃくちゃで、髪の毛も綺麗に染めててさ、金髪に。ミツの周りにはいつも誰かが集まってた。皆ミツに頼ってるのがわかった。……でも、なんか、どっかで引っ掛かってたんだよ。どっか、自分らしさ押し殺してんじゃないかって。そりゃ、ミツがなりたい姿になろうとするのも、ミツらしさだったかもしれなかったけどさ」


 その強がりすら愛しく、そして心底憧れていたのがよくわかった。そして、その「憧れ」が当時はまだ、どういった種類のものなのかを自覚できていなかったのかを思い出しているようだ。


「でも、俺たち、ただ同い年で、たまたま同じ中学通ってただけで、友達でもなんでもなかったからさ。何も言えなくて当たり前だったわな。それがさあ……同窓会でまた会えて、あの時より話せた。話しかけて……よかった。十年経ったお前はまるで違ってさ。びっくりして、話しかけるのもちょっと怖かったんだ、あの頃もそうだったけど。キツい目してたけど、威嚇の種類がまるで違った。お前、怯えてた。それが、あんな理由があったなんてな」


 村瀬は、肩口に顔をうずめてミチルを抱き締めた。


「知れてよかったよ」


 喜びの言葉を発する声色は悲しそうで、ミチルにしか知り得ないつらさがあるのをわかりながらも、それでも共有できた嬉しさが隠せない様子だった。それが、どれだけ互いの安堵になったのだろうか。


「ミツの『無理』をさ、これからは、全部俺が引き受けてやるよ。奪ってやる、ミツが無理しないといけないこと全部。ミツはこれからこうして、幸せそうに眠っていればいい」


 村瀬の口からは、強く、頼もしい決意が吐き出された。

 ミチルの口からも、それとなく聞いていた話だ。だが、しかし、実際の人間から聞くのとは、当然訳が違った。それも、こんなにも「愛してる」の代わりに過去を語れるなんて。俺には絶対できっこなかった。

 元々、ミチルとどうなろうという気もなかったし、俺も後腐れないことを望んでいた。そして、終止符を打とうとしている今も、後腐れを作る気は毛頭ない。特定の相手を作ること自体にあまり気持ちがないのもある。それに、きっと、これからもミチルと一緒に居るとして、村瀬のような気持ちをミチルに向けることはできなかっただろう。そうすれば時間の問題で、きっと、今日のように村瀬に奪われていたに違いない。


 でも、こうやって、心の中で言い訳している限り、俺も……加地のように、執着していたんだな。


 腰あたりをポンポンと撫で続け無言で見詰める村瀬と、健やかそうに寝息を立てているミチルを眺めていると、村瀬と目が合った。その目は俺にまるで興味がなく、殆ど他人を見ていた。その視線は出口の方に一度流れてから再びミチルの顔へ戻り、俺は指図されるがまま部屋を出た。

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